水葬
「案内してください」
そうして、誰も彼もが永久の眠りにつく、霊安所へと案内した。
彼女は、目に涙をこらえることもなく。
ただ、物言わぬ屍たちを前にその魂の無事を祈っているかのようだった。
片膝をつき、両手をしっかりと絡め、ただ静かに祈り続けた。
「行きましょう」
そうしていくばくかの時が過ぎ去った頃、おもむろに立ち上がるとそれだけの言葉しか言わなかった。
その後、傷ついた兵士たちにねぎらいの言葉をかけそのまま自室となっている、特別室へと戻っていった。
その背中には、言いようのない悲しみとやるせなさが漂っていた。
「マスター、これからどうするので?」
「無論決まっている、やることやらんといかんだろ」
既にない資料に書かれていたのは、クーデターにより彼女の家は既に乗っ取られていると書かれていた。
元どうりとはいかないが、取り戻せるならば取り戻したいのだ。
彼女の幸せな日々というものを。
ほどなく、生存者と死者の完全な区別がつくようになり、生死の境をさまよっていた者たちもその二択のうちのどちらかで、きちんと別れた。
未だ目の覚めない者もいるが、じきに目を覚ますだろうとのことだ。
そして彼女から、水葬を行いたいとの連絡があった。
時期は全員が目醒めて二、三日経った頃にだそうだ。
その頃までには拠点の整備と様々な機能の分離が進んでいることだろう。
様々な機能を持つというのは、一見すればすごいことに思えるが現実的に考えれば、特化型の方が優秀になるのは、時代が証明している。
そもそもキャパシティが決まっているのなら、万能よりも特化の方が作りやすいというのもある。
といういことで、一旦ユートピアより先行して到着した工作隊によって作ったダンジョンドックに密かに入港させる。
入渠させるにあたり、今後必要になる機能を今回の航海からフィートバックさせ、二番艦『ディストピア』に旗艦としての役割を移設した。
無論これ以外にも、水葬のための専用船も作り出した。
部品は以前から作っており、ただ組み立てるだけでよかったのだ。
柩はそちらの方へ移動し、貸し与えるという形で水葬の準備が最終段階に入ったことを伝える。
恨み言を言う者はひとりもいなかった。
ただ誰もが感謝の言葉をこちらにかけてくるだけだった。
ここから先のことは、彼女にだけ伝えておく。
これからあなたたちを囮にすること。
そして、彼を殺すこと。
すべてを伝え終えたとき、彼女はそうですか。とだけ言った。
クーデターによって、何が起きたのかを想像したのかもしれない。
既に、民衆は混乱のさなかだろう。
なにせ、クーデターの目的とその意図そしてこれから民衆に降りかかる不幸が、正式に発布される前に噂で伝わってしまったのだから。
焦って民衆を落ち着けようとすれば、それはかえって民衆に焦りを生む要因にしかならない。
毅然と構えていれば、そういうものかと落ち着いた対処になるかもしれないが、民衆はイエスマンではないのだ。
最もクーデーターなどというものを起こした時点で、民衆に少なからず混乱が起きることは確かなのだ。
あとはどう収集を付けるかということだ。
その点で、彼は最悪の手段を取ったと言えるだろう。
取らざるを得なかったと言うべきだろう。
なにせ、あの資料を受け取ったその日には、妨害工作を行っていたのだから。
彼は、その妨害工作に対して後手後手に回らざるを得なかった。
民衆の統一を最優先で行っていれば、この妨害工作は意味をなさなかったのかもしれない。
が彼から民衆は離れていた、いきなりの増税、意見に対する厳しすぎる処罰。ちなみに行っていたのは彼ではなく、彼の側近なのだが彼が気づいた様子はない。
むしろこれからの、大きな飛躍に笑いがこみ上げているようだ。
足元が大きく揺らいでいることもさっぱり気づいていないようである。
気づく頃には、民衆は前の領主に鞍替えしているのであろう。
今そうなっている。そして、それを潰す唯一のチャンスが巡ってきたのだ。
罠だと分かっていても、来ざるを得ないそう仕向けたのだから。
さて、張り巡らされた糸に気がつくだろうか。
引っかることなく来れないという、絶望を感じるのかもしれないな。
見えないからこそ、見えてしまう絶望ってものがな
「さあ、殲滅戦の始まりだ」