悪意の矛先
それから、数日が経った。
無茶な挙動をしたユートピアは、メイドスライム隊によるメンテナンスを行っていた。
そのため水中で、完全に静止していた。
「どうだ、問題はあるか?」
「問題は現状出ておりません。ただ、船首のダメージが少々多いかと。装甲板のところてん方式で対処中です」
「そんなんで、治るんだからこの船はやっぱスゲェな」
「いいえこれもマスターの潤沢な魔力があればこそです」
「そうか……っと、明るい話の後でなんだが」
「資料は既にこちらに、あとは彼女を説得出来るだけの説得力があるかどうかですね」
努めてみないようにしていた、中央に動かされた勉強机の上の資料の束に目を向ける。
その内の一枚を手に取り、内容を確認する。
「あちらこちらに借金があるな、チャラにしたいがための行動か?」
「それで精算できる額ではないような気もします。それに何のために婚約者を殺すのか。意味がわかりません」
「じゃ、もっといい紐になれるところを見つけたかだな」
「そちらならばありえそうです。どうやら彼はプレイボーイと呼ばれる人種らしいので、あちらこちらに金づるはあったようですよ。もっとも、どうやら借金のいくらかはその金づるからのようですが」
何枚か資料を手に取り、詳細を眺める。
「人を無条件に信じさせる方法って、なんだろうな」
「それはステータスを見せれば一発なのでは?」
「それでもかたくなに否定しそうなんだよ、そういう魔法がかけられているからな」
「治癒魔法でもかけてみればいいのでは?」
「もしくは、人工呼吸器をつけている人間に近づかせるかだな」
「そんなことをすれば彼女が怒りそうですがね」
「だろうね、基本は前者かな。それでも否定する場合、本当に人身御供が必要かな」
「そうなりそうで、本当に怖いな」
「ピックアップしておいたほうがよろしいでしょうか?」
「いや、できることなら彼女自身が事の重大さと己がしたことの重みを理解して、その上で腕輪を外してもらうほうがいい。こっちで何もかもお膳立てしてたら、あっという間にロボット人間だ」
「今彼女はもう既にそうなのではないのですか?」
「そうだとしても、心を持ったものは、いつか自立するものだ。そのいつかが彼女にとって今だということだ。わかりやすいだろう」
「そうですね。ん、マスターどうやら、これが関係しているようですね」
手渡された資料にざっと流し読みしていると目を見開きもう一度注意深く読んでいく。
いつの間にか、その資料が歪むほどに握りしめていた。
「マスター、落ちつちてください」
「一応落ち着いている、伝えるのは後回しだな。この資料は彼女に見せるなよ。最後の決定打になるはずだ」
「了解しました」
渡された資料をそのまま体内に取り込み、溶かしてしまった。
「伝えないといけないな、彼女のわがままの矛先が誰に向き、その矛を誰に持たされたのかというのを」
おもむろに立ち上がると、資料を数枚引き抜きその資料に目を通しながら、同じ作業を何度も繰り返す。
納得のいく状態になるまで十分ほどかかった。
「一体なんなんですか?この紙束の山は」
「まあ、読んでみればわかるぜ」
彼女は言われたとうり紙束を読み進める。
読み進めればすすめるほどに、彼女の顔色は悪くなってゆく。
まるで本能がその事実を否定しているかのようだ。
しかし、その手は止まることはない。
そして全てを読み終えたと同時に右腕にはめられた腕輪に目を移し、
「ッ!!」
躊躇なくその腕輪を外した。外した腕輪を投げ捨てる。
響き渡る金属音。腕輪は壊れることなく、病室の床に転がった。
ディスペルとサイレントが音もなく彼女にかけられ、彼女の嗚咽は誰にも聞こえることもなく。
静かに時が流れた。
それから彼女が泣いている間に外へ出て待った。少しして彼女が救護所からでてきた。
「お見苦しいところを見せて申し訳ありません」
「いいえ、誰でもどんな立場の人であっても泣ける場所は必要でしょう」
「そう言っていただけると、こちらとしてもありがたいです」
しっかりとした足取りで立つ彼女に、もう先程までのような危うい、だれかの呪縛に囚われたような感じはなかった。
「また来てもよろしいでしょうか」
「今すぐお帰りいただくのは、無理かと思いますが。こんな場所でよければいつでも」
彼女はその言葉に病院服の裾を軽くつまみ、両足を交差させてお辞儀をした。
「名前も知らぬあなたに永久の感謝を」
決して英雄譚には語られない、とある貴族と冒険者のファーストコンタクトであった。
間に立ったのか、間に合っていないのか不明ですが。
一応最新作です。
ほかの載せない作品の方が捗るってどうよ。