洋上に見えた太陽後編
「失礼します」
その部屋を開き、彼女を連れ出す。
そしてそのまま甲板の、第一救命艇の方へ案内します。
「慌ただしくなりましたが、ここでお別れです」
「そうですか、寂しくなりますね」
「はい、ですがあなたのような重要人物をこちらの都合に巻き込むことは、避けたかったので」
「……いつから?」
「いつからでしょう。さあ、国に巣食ったねずみは、いま自分の悪事を披露されて大慌てです。今のうちに駆除されてしまうのがよろしいかと」
「重ね重ね感謝を」
「では、その座席にお座りになってください。そう、そのまま、その座席横にあるそれをつけてください。そうです」
まるで、車に初めて乗った子供にレクチャーするように、シートベルトをつけさせてゆく。無論そんなことをしなくても、あれもスライムにスキルをつけただけのものなので自動的に装着できるのだが。レクチャーにこぎつけて、スキルコピーを行っているようだ。
「では、ご武運を司教様」
レクチャーを一通り終え、そこから離れて切り離しのスイッチの前に立ちながらそう言った。
若干驚いたような顔をしたが、船の縁の向こうにその顔は消え、次に見えた時にはその顔は、見ることができなかった。
「自動航行モード安定、順調に行ってます」
「ぶっつけ本番だったか?」
「いいえ、実戦と訓練は違います、そのことを言ったのはマスターですよ」
「そうだったな。じゃもどるぞ、ケリを付けにな」
「はいマスター」
艦橋に、着くとそこはまるで野戦病院のような慌しさをなしていた。
「索敵班、状況報告を」
「は、前方の艦隊はしきりに降伏を勧めてきています。どうやら、貴族の者が乗船しているようです」
「欲しがったのか、こいつを。はっ、やれねぇよ。返答はしなくていい、副砲は第一砲塔のみ準備、旗艦と思わしき中央の艦艇に合図とともに対界着色弾を、主砲の第一第二砲塔は対界着色弾命中と同時に気化弾頭装填、対界着色弾の効果で敵旗艦の姿が隠れたら、両翼それぞれ中央付近に向けて発射。発射と同時に現状の最大船速で旗艦の真横を突っ切る、修理の方はどうだ」
「問題なく、終了はしていますが現在は70%の速度が限界かと」
「それでも十分だ、急ぐぞ。あちらさんがしびれを切らす前に、こっちの準備を整えろ」
『了解!!』
冬眠から目覚めたようにすべての部署が動き出す、先ほどの絶望感がなかったかのように勢いづく。
多くの艦艇で取り囲んでいた彼らには、何が起きているのかわからなかったのだ。
そう彼らには、その先に待つ恐ろしい事態を把握することのなどできなかった。
『機関始動、いつでもどうぞ』
「よし、副砲照準合わせ……撃てぇ!!続けて、主砲気化弾頭装填!!」
旗艦に対界着色弾が命中し、結界が赤く染まる。こちらからもあちらからも、その姿は見えないはずだ。
「装填完了!!」
「よし総員対閃光ゴーグルを装着、主砲照準合わせ……撃てぇ!!」
放たれた砲弾に目もくれずに、指示を続ける。
「現状の最大船速、左舵少し!!」
「現状の最大船速、左舵少し!!」
その指示に従い、船はしっかりと動き出す。
動き出すと同時だった。洋上に二つの太陽が生まれたのだ。
光を発していた時間はそれほどでもない、しかしその威力は、両翼にいた艦艇には致命的だった。
気化弾頭が生み出す太陽が直撃した艦艇は、乗組員共々跡形も残さずにその光の中に消えた。
そうでなくとも、爆発によって生じた大きな二つの波は、近くにいた艦艇をすげもなく飲み込んでゆく。
衝撃波と波にあおられた、両翼の艦艇は壊滅といっても等しい状態だった。
光が止む頃には、あたりは地獄絵図に近い惨状が広がっていた。
その中を突っ切って、着色された結界に衝突する。
ガラスが割れるような音と共に、結界が砕け散る。旗艦に乗る誰もがさぞ肝を冷やしたことだろう。
結界が砕け散ると同時に、さっきまで、それなりの距離にあった艦艇が、自分たちの目の前にあるのだから。
船長は落ち着いていたが混乱した現場では、末端まで指示が伝わらない。
結果、右側面に出してあった全ての砲は船どうしが擦った衝撃で破損し、左弦より来る波により、同じく出してあった大砲の火薬は湿気ってしまい軒並みダメになった。
航行能力こそ失われてはいないが、戦闘能力はほぼ皆無に等しかった。
彼らを波消しブロックがわりに使い大波の衝撃を最小限に抑えたユートピアは、そのまま海中へとその姿を没した。
貴族は怒っていたが、船長以下乗組員は、生き残ったことを神に感謝した。
貴族とともに、刑に処されるその日まで神への祈りをやめることはなかった。