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1. 骨拾いのナユタ――1

 

 

 ステチゴマラ列島は、フォースメラ大陸東部にある島々である。

 古き時代に「ステチゴマラ」という魔物を勇者が殺し、その死体がそのまま残ったと言われている。死体は腐らず石となり、今でも島として残っているという伝説だ。

 上空から俯瞰すれば、巨大な怪獣の背びれが連なって海中から現れているように見えることだろう。

 ゆえに、今でもその島々はステチゴマラと呼ばれている。


 さてこのステチゴマラだが、非常にモンスターが多く、また、最強の魔王「三界の覇者(マスターシード)」によって創造されたダンジョンが多数確認できる。

 もともと土地に住んでいた人々はごく少数だったのだが、この島々の条件を大陸の住民が見過ごすわけはない。

 当たり前のような流れで、ステチゴマラには冒険者が多く在住することとなった。

 今となっては、冒険者稼業やそれに関連する商売(武器や雑貨販売、調合、魔術関連など)が大きく発展している。


 多くの冒険者たちにとって、一度くらいは行ってみたい場所。

 それが、このステチゴマラ列島だ。


 さて、この列島の「頭」にあたる島のギルド支部。

 そこに居る冒険者に、なんとも変わった人物として知られる男が居た。


 男は、ナユタと言った。

 彼は、あるいはこう呼ばれていた。


 骨拾い。


 飯を食べるよりも寝るよりも、骨を捜し続けることを優先し続ける変わり者だと。



     ※     ※     ※    ※



「うん、良い天気だ」


 貨物船から降りると、シャーリーズは空を見上げた。

 快晴である。雲ひとつない空は、ガスで濁っているわけもなく目に痛い光を放っている。そのまぶしい太陽光に目を細めて、彼女はふふっと微笑んだ。


 シャーリーズの見た目は、二十代前半くらいだろうか。整った顔立ち。凛々しい双眸。透き通るような金髪を頭の後ろで束ねた彼女は、しなやかな、それでいてどこか力強い立ち姿だった。

 オシャレな装備というわけではない。しかし冒険者として堅実な装備かといえば、そうでもない。むしろ格好だけなら、そのまま狩人というのが的確な服装だ。


 背負う弓には、対応する矢が見当たらない。しかし、船に忘れてきたという訳でもなさそうだ。

 右手に装備されたガントレットには、複数の魔法陣が掘り込まれており、なかなかの業物であることが伺えた。


 船からの荷下ろしを手伝った後、彼女は移動する。


 簡易な港町。いや、規模なら村だろう。

 木で組まれた家々は、風通しが非常に良いものである。台風でも吹けば一瞬で倒壊してしまうだろうが、幸いなことにこの土地は年がら年中ちょっと暑いくらいの気候だった。

 道をゆけば、子供達が水やロゴスキャット(愛玩用モンスター、知能の高い猫みたいなもの)と戯れている。

 今を全力で生きていることが分かるその笑い声は、クールな見た目の彼女の両目を細めさせた。


 ポニーテールが、潮風にはためく。

 視界を遮ったそれを払い、彼女は周囲を見回した。


 目的の相手はすぐ見つかった。


「おー、待っていたぜ、お嬢さん」

「……お嬢さんは止めて下さい、そんなに若くもありません」


 現代感覚で見れば充分見目麗しいシャーリーズも、フォースメラ大陸的にはちょっと行き遅れ感のある年齢であった。

 しかし、声を掛けた大男……大男のドワーフ(!)には、そんなこと大して関係ないようだった。


「がっはっは。まー、とりあえず気にスンナ。シャーリーズさんよ」


 この男は、村の村長である。

 白い顎髭はドワーフらしくたくましいが、そんなドワーフらしい容姿には似つかないほどの長身である。シャーリーズ自身、女性の中でも長身な方だが、その彼女の頭をゆうに二つ超えるほどと言えば、相手の身長の程がうかがい知れる。


 2ルラ(2メートル)は超えていそうな高みから、彼女は頭をばしばし叩かれた。

 いや、撫でる要領でわしづかみにされたりしたと言ったほうが良いかもしれない。

 なんにしても荒っぽいその挙動、シャーリーズは露骨に眉を顰めた。


「……村長は、ステイツで会ったころより老け込みましたね」

「お、おう!? 頭叩かれるのが気に入らないからって、ずいぶんだなぁ」

「髪の色も白くなってますし」


 染髪剤、こっちじゃ売ってないんだよなぁ。

 村長は、困ったように頭をかいた。

 シャーリーズはそれを無視して、ポーチから紙を取り出した。


「で、これは……?」

「しばらくこちらに滞在する予定ですので、認可証です」


 ステチゴマラにおける特定の依頼は、冒険者ランクがシルバー以上なくてはいけない。

 ビギナー、ブロンズ、シルバー、ゴールドとある通常のランクの中で、この島で稼ぎの良い依頼は大概シルバー以上である。


 だがしかし、観光地としての側面もあるこのステチゴマラでは、島が制定した特定の依頼をクリアした場合のみ、ブロンズであってもシルバーランクの依頼を受けることが出来るのだ。


「ということは、お前、ティルティアベルの討伐をやったっていうのか? 一人で!?」

「ええ。流石に骨が折れました」


 その時のことを軽く思い出して、シャーリーズは顔色を悪くした。誰が好き好んで、頭から粘液を出す蛸の足で構成されたような熊型モンスターのことなど、思い出したいものか。森の悪夢とも呼ばれる、そんなモンスターの姿を。


 異様な繁殖力で、一匹確認したら三十匹は居ると思えといわれるほどのモンスターである。居れば家畜や農産物への被害も大きく、すぐに討伐隊が組まれるほどのモンスターである。


 それを、おそらく数十匹は居ただろうモンスターたちを、あろうことか一人で討伐したというのだ。


 村長は、先ほどまでとは少し違う目の色で彼女を見た。


「あの目つきの悪い、ちっこかったシャーリーズが成長したものだなぁ……」

「最初のは余計です。……まぁ、時間は流れるものですよ」

「そういうことじゃないさ」


 ならどういうことか? と問う彼女の視線に、村長は大笑いした。


「立派な一人前になったってことだ。もう、俺の助けが要らないくらいにはな」

「……そうですか」


 困惑した表情の後に、シャーリーズは困ったように微笑んだ。


 村長と別れた後、シャーリーズはすぐさまギルドへ向かった。

 こちらもまた簡単に作られた冒険者ギルドハウスである。奥の方は酒場も兼ねているため、うっすらとアルコール臭が漂う。

 それに少しだけ呆れたような顔をしつつ、シャーリーズは受付へ向かった。


「私だ」

「は~い、いらっしゃいませ。シャーリーズさんですね。姉から連絡が入っておりますので、どうぞ、認可証を。あと、普通は『私だ』で通じませんからね?」

「一回言ってみたかっただけだ。次からはやらない。宿も頼む」

「はいな~」


 活発そうな赤毛の少女。ここの支部の看板娘に村長に渡したものと同じ紙を渡し、シャーリーズはギルドの奥へと向かった。


 ピン止めされている依頼書は、事前に看板娘の姉(そちらも別な支部の看板娘である)から聞いていた通り、シルバーランクの依頼が多かった。

 ブロンズとシルバーとの報酬金額とが、桁一つ違うのも特徴だといえる。

 大体ブロンズ五つと、シルバー一つの金額がつりあうくらいだ。


 どれにしようか迷うシャーリーズ。


「……これかな?」


 ジョウグ――空飛ぶ鮫型モンスターの部位採集依頼。

 それを手にとった時、背後から声を掛けられた。


「おう、お嬢ちゃん。一体何しにきたんでちゅか~?」


 明らかにバカにされているニュアンスに、シャーリーズは憮然とする。

 振り返った先には、獣人の男が立っていた。


 人間寄りの獣人である。赤毛の狼男、とでもいうのが正しい表現であるが、それにしたって鼻の下が伸びている。

 シャーリーズの身体(からだ)に向ける視線から、なんとなく男が何を考えてるのかが予想できるだろう。


「お嬢ちゃんなどといわれる筋合いはない。私は、これでも二十四だ」

「おう? まさかの嫁入り前ですかぁ? その年で? そんなに遊び歩いていたんですかねぇ」


 男はどうも魔術師のようであった。ローブこそまとっては居なかったが、腰に多くの魔法石が埋め込まれた指輪をじゃらじゃらとしていた。


 周囲を見回すシャーリーズ。男の仲間と思われるパーティーの一団が、にやにやとした笑みで彼女を見ていた。


「どうだい? そんなにハードなお仕事したいなら、俺達と夜通しで――」

「ウィリアム・テルだ」


 あん? と聞き返す男。

 ウィリアム・テルだ。彼女は同じ言葉を繰り返した。


 フォースメラ大陸において、ウィリアム・テルとは異世界からの来訪者によって齎された知識である。内容はおおむねこちらのものと変わっていないが、この場で彼女がそれを言い出した意味が、男にはいまいち分からなかった。


 そんな男に、シャーリーズは軽く応える。


「私は、出来る」

「……嘘付け」


 言いたいことは、それほどの正確な射撃を弓で出来るということだろう。

 その言葉を、男は鼻で笑い飛ばす。

 しかし残念ながら、シャーリーズは真顔だった。


 冗談なんて、これっぽっちも言っていないようである。


「本当だ。やってみせよう」


 言った瞬間、背負った弓を男の背後に向ける。

 ぎょっとした狼男がのけぞるより先に、彼女は右手で弓の弦を引いた。

 右手のガントレット、その指先から青色に光る矢が現れる。


 それを、躊躇うことなく彼女は撃った。


「冷やしてやった」


 果たして結果は――男のパーティーの一人が持っていたジョッキの中の酒から、冷気が立ち上っていた。

 彼女の射撃に、当のジョッキを持っていた男はあんぐりと口を開けた。


 一瞬の射撃で、相手を傷つけないよう撃ち、なおかつ威力も調整したのだろう。 

 的確――そう、まさしく的確な射撃であった。


 その腕は、少なからず自称を真実であると相手に信じさせるだけのものであった。


「それで、何か提案でも?」

「い、いや……」

「わかったら、その下品な口を縫い合わせて黙々と依頼を受けろ。少なくとも、昼間から酒飲んでぐーたらしてる暇などない。仮にも、冒険者だろう」


 こっぴどく断言された男たちは、軽くしょげながらテーブルについて、また騒ぎ出した。

 シャーリーズは、受付へ向かった。


「ここの冒険者は、みんな()()なのか?」

「みんながみんなじゃないと思いますよ~。あと、ギルド内でのトラブルはご法度なんで注意してくださいね」

「心得ている。……まあ、どこでもああいうのは少なからず居るから、ここなら少しはマシかと期待すしたんだけどね」


 幻滅しちゃっても、どうしようもないですよー。

 看板娘が困ったように言う。シャーリーズはため息で返した。


「あの調子だと、臨時パーティーを組もうにも難しいか?」

「あー、そうですねぇ。私だからいうんですけど、今、腕の良い人達は、大体島の『尻尾』の方に集ってますね」


 ここが「頭」の方なので、正反対の方角ということになる。


「何故かって? えー、そうですね。今ちょっと大物がいるんで、連携して討伐依頼をこなしてるんですよ」

「そうなのか」

「ええ。大体のシルバーランクとか、ゴールドランクの方々はあっちに行っちゃってますね。シャーリーズさんの実力ですと、今この村で組めそうな人は……」


 数秒天井を見上げて、沈黙する看板娘。

 シャーリーズも、半ば諦めかけていたが――。


「――あー、一人くらいなら居ますかね、ランク的には」

「? 居るのか?」


 予想外の言葉に、シャーリーズは目を見開いた。

 エエ一応、と看板娘は名状しがたい笑顔を浮かべた。


「変わった人なんですけどね。んー、そうですね、その依頼だったら、骨は使わないし……」


 骨? と頭を傾げるシャーリーズ。

 看板娘は、地図を取り出した。

 その一角、鍛冶屋を指差しながら、引きつった半笑いで教えた。


「シルバーランクの、ナユタさんて言うんですけどね。まぁ……、冒険者やってるなら、一度は一緒に依頼を受けてみるのも、悪くないと思いますよ」


 シャーリーズは、看板娘の微妙な勧め方に違和感が残った。

 

 

不定期更新です。

主に思いついたら投稿する感じなので、更新頻度はあしからず・・・。

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