#4 ドラゴンの鱗
トイさんは荷物の中から一冊の古びた本を取り出して、しおりをはさんでいたページを開いて僕らに見せた。
そのページにはもちろん僕の読めない文字がずらりと並んでいるが、ある箇所だけは僕にも理解できた。
それは赤く固そうな肌になんでも噛み砕きそうな鋭い牙が並んだワニのような大きな口、その大きな口からは炎を吐いてる。いかにもドラゴンのような挿絵が描かれていた。
「昔からドラゴンにはどんな病にもかからず、そんな体を守る鱗には強力な治癒作用があると言われていてね。
その鱗を砕いた粉を飲めば僕ら人族のどんな病もたちまち治し、その粉を塗り薬に混ぜればどんな傷口も数倍の速さで塞ぐことができると書かれているんだ。」
「おお。しかし.....」
ドラゴンなんて言葉はこの世界に来てから始めて聞いた。
エルフや魔物といった異世界に定番な『ドラゴン』...初めはこの世界にもいるのかと思って少し期待していたが、見たこともなければ、目撃されたという話も聞いたことがない。
だからこの世界でも『ドラゴン』は物語などの空想の世界でしか存在しないのだろうと思い込んでいた。
ドラゴンの鱗という治療法が分かったにも関わらず、村長さんは深刻な顔をして言った。
「ドラゴンはとっくのとうに絶滅したはずじゃ....」
「はい、数十年前に姿を見せることがなくなりました。」
数十年前に滅んだ?
(なぁノヴァ。)
(なんだ?)
(魔界にはいないのか?ドラゴン。
いかにもいそうな気がするんだが。)
(残念じゃが妾が生まれてる前にはいなくなってる。)
「それじゃあ、この娘や家畜たちは.....」
「おじいちゃん・・・」
「まだ話は終わってません。
竜使い(ドラゴンテイマー)も知っていますよね?」
「ええ、もちろんです。
しかし、彼らもドラゴンの絶滅から徐々に衰退して、1年もせずに絶滅しましたよね。」
「そうです。」
(竜使い?)
また、この世界にきて始めて聞く言葉だ。
名前からして、だいたい予想はつくが聞いて損することは無い。
「あの、その竜使い(ドラゴンテイマー)ってなんですか?」
「イツキはそんなことも知らぬのか!?」
(おいおい、僕がそんなも知るわけ無いでしょ。ここに来てまだ4年だしドラゴンだってとっくのとうに全滅してるんだからさ。)
といっても、僕がこの世界の人ではないと誰も知らないからそんなこと言っても仕方の無いことだ。
「竜使い(ドラゴンテイマー)はね、その名の通りドラゴンとの共存を有する種族でね、獣人族と同じように少し大人になれば自分のドラゴンが授けられるんだ。
その竜使いの特徴として、手の甲に必ずドラゴンの形をした痣があるんだ。」
「確か、その竜使いは魔界戦争の時に竜騎士としてすごい力を発揮していたと親父が言ってたぞ。」
ノヴァの親父(元魔王)が言う魔界戦争は約数十年前、まだ協定を組むずっと前まで敵対していた魔界とカマストマードと全面戦争のことだ。
だいぶ簡潔ではあるがこれくらいの歴史は僕でも知っている。
「そう、ノヴァさんの言う通り。竜騎士は絶大な力を発揮していた。
しかし、ドラゴンがいない今竜騎士も竜使い(ドラゴンテイマー)もいなくなってしまった。
けど、近々ここから東、王国の先にある魔界へと繋がっている場所の内の一つである〈ドライズーン〉という洞窟で、その竜使いらしき人物を見たという噂を耳にしてね。
ドラゴンが消えたから竜使いが消えたのなら、竜使いがいればドラゴンもいると思うんだ。」
「それじゃあ、そのドラゴンを倒して鱗を剥ぐということですか?」
僕はよくあるRPG思考でそう言ったが、そうではなかったようだ。
「出来れば倒してほしくはないのだが.....一応ドラゴンは絶滅の危機にあるわけだし。
幸い、竜使いがいるならそのドラゴンは人を襲ったり暴れたりはしないだろうから倒す必要はない。
その竜使いと交渉出来れば良いのだが、まぁ襲ってくるようなら仕方がない。」
「....しかしトイさん....」
「村長の言いたいことは分かります。誰がその仕事を受けてくれるか、ですよね。
洞窟には襲ってくるかもしれないドラゴンや、魔界とカマストマードの堺には必ず危険な魔物が生息していたりする。
そんな危険な場所へ行きたがる猛者はなかなかいない。今から募集しても数日はかかってしまいます。」
そこでここぞと言わんばかりにノヴァが立ち上がってこう言った。
「なら妾達でドラゴンの鱗とやらを回収すれば良いのだろう?」
「ちょ!!」
ノヴァを引っ張ってこっそりと声をかけた。
(おい、何かってに...)
(イツキも分かっておるだろ。フェノの病が謎な以上一刻もはやく治す必要があると。)
(.....けど僕たちで。)
(大丈夫だろ。妾は魔王でお前はその血を飲む眷属。ドラゴンなぞ恐るに足りぬ。)
(わかったよ...)
フェノを助けるためだ。
「分かりました僕たちでそのドラゴンの鱗を入手してきます。」
そう言うと村長さんは大喜びで僕の手を掴んで大きく上下に振った。
「おお!ありがとう助かるぞ!」
「そうか、今回の件は僕とこの町だけのことだから国からは何も支援できないけど、何かあればできる限りのことはするよ。」
「ありがとうございますトイさん。
それでは僕たちは一度宿に戻ってから出発します。」
♢
村長のご行為によって旅のお供をしてくれる馬車を用意してくれるとのことで、
僕とノヴァはこの町に入ってきたときとは別にある出入り口の前でそれを待っていた。
「ねぇノヴァ、あの隔離していた小屋とフェノの部屋で見たあれ....」
「ネズミだな。それも魔物の。」
「それじゃあレプシトム病やフェノのあの病気の原因っはやっぱり。」
「きっとそうじゃろう。しかし原因の元を倒したところで病気は治らない。
それにフェノの方は大分危うい状態だから薬が先だ。」
「うん。」
するとカタカタと馬の足音と荷台の車輪が転がる音が近付いてきた。
馬車は僕たちの前で立ち止まり、その後ろからトイさんと村長さんが歩いてきた。
「この馬車とそれはは知らせてくれるこの町一番の御者じゃ。
このものがお主たちをその洞窟まで送り迎えしてくれる。」
村長の紹介で御者台に座る手綱を引っ張るフードをかぶったひとは軽くこちらに会釈をしてくれた。
それかた村長さんとトイさんに見送られ〈ケイトボール〉をあとにした。
ガタガタと揺られ馬車は一本道を行く。
ガタガタとガタガタと...平坦の道の上にも関わらず、僕らを乗せた荷台は揺れる。
「....ちょっとおかしくないか?」
確かに村長はあの村一番の御者だと言っていた。
なのに妙に手綱を引っ張る操作がぎこちない。
「うぁ!」
地面から突き出た石に車輪をぶつけたのか馬車が大きく上下に揺れた。
その揺れで御者台に座っている人のフードが取れ姿が見えた。
「「フィロ!?」」
「あれ、バレちゃった?」
御者台のどこに隠れていたのやら、フィロのパートナーのスノウもぴょんと飛び出て荷台に乗り移った。
「なんでフィロが?」
「私も付いていきたかったから....ついね....。」
「だがフィロよ、あの村長にダメだと言われてたではないか。」
「でも私だけ町に残って待つなんてことできないよ。
私もお姉ちゃんに何かしてあげたいの。」
フィロもフェノを助けたいという気持ちは同じなんだ。
「けどフィロ....馬車のほうは?」
「初めてだよ☆」
「ちょ!!!下ろして!!」
「フィロ!馬車を止めろ!!」
「え、止め方も知らないよ。」
「嘘だろ!?」
「本当だよ。」
イツキとノヴァは荷台のなかで喚き散らし、スノウは呑気に眠そうに大きく口を開いてあくびをした。