#2 〈ケイトボール〉
「ここは....」
森を出た先は今まで初めて見る光景だった。
「ここは...どこだ?!」
出た先はまるで集落のようなところについた。
入り口には大きなアーチ状のゲートが出迎えてくれていた。それには歓迎の言葉なのか何か書かれていたが、見たことのない文字なのか、イツキにそのアーチに書かれた文字を読むことは出来なかった。
「ケ...ケイトボー...ル?」
「ノヴァ読めるの?」
「当たり前だ!これでも
魔王なんだからなっ!」
「そっかそっか。」
少し読むのに苦戦していたのに、強がるノヴァに優しく微笑んであげた。
「ん?」
ゲートの向こうから一人の〈獣人族〉の杖をもった老人が此方に気がついた。
ずっとゲートの前で突っ立てるから不審者と思われたのかな?
それだったら面倒なことに....
「おお・・・君たちは外から来たのかい?」
「ッ!?、早っ!」
ほんの数秒でおじさんが目の前にまで着ていたので驚いてしまった。
嘘だろ、ここからはある程度距離あったう、杖をつくほどヨレヨレのはずなおのに、この距離を一瞬で近づくのか!?
杖を付くほど貧弱じゃないんじゃないか?
驚いた顔を見せる僕に、老人は嬉しそうな顔で歓迎の言葉をくれた。
「おお、ようこそ獣人族集落の〈ケイトボール〉へ起こしまいりました。」
「獣人?」
「そうじゃ、近い種族である動物との親密な関係を築き、動物と共に生きる誇り高き種族じゃ。」
獣人ってことはフィロとフェノか。
そういえばこのおじさんにもフィロのような耳と尻尾が生えてるな・・・
「ささ、こんなところで立ち話も何じゃ、中へお入りくださいな。」
「うむ!行くぞイツキ!」
「あ、おい。少しは遠慮....」
だめだこりゃ。
ゲートをくぐり、村の中へ老人の後ろをついて行った。
中へ入ると〈カマストマード王国〉ほど発展している様子もなく、建物はテントや藁で作られたものばかり。
所々レンガで建てられた建物も淋しそうに建てられていた。
....獣臭いな....
獣人族に対してではなく、この村の中のことだ。
万が一にでも獣人族の前でそれを口にすると差別として扱われそうなので、絶対口にしないようにしていた。
「イツキ!ここ獣臭いぞ!」
「お、おい!」
無神経にノヴァは僕が言わないようにしていた言葉をさらっと言ってしまった。
おじさんに聞こえてないよね・・・
「ガッハッハッハ、それはそうじゃ、この村は特に農牧が盛んじゃからなぁ。
牛や馬の糞だってそこらじゅうにあるぞい。」
この人、何気に自分の村を汚しているような・・・
なるほど、通りでこの村はそんな匂いがするわけだ。
「そうじゃ、お嬢ちゃんも後で馬に乗せたろうかい?」
「え?いいの!?
やったぞイツキ!馬に乗せてくれるぞ!!」
「いつも勝手にスノウに乗ってるじゃないか。」
「いや!スノウよりももっとでかい生き物なんだぞ!!楽しみではないか!」
「はいはい。」
僕は微笑みながらそう返事した。
やっぱり魔王といってもまだ子供なんだよな・・・
「さ、こちらじゃ。」
おじさんに案内されてついた一件の建物に入った。
見た目からして、普通の家みたいだが、中は何かの仕事場のように沢山の棚にずっしり本なや書類の束のような物が収められていた。
「あ、お邪魔します。」
「お邪魔するぞ!」
「お茶くらいしかだせぬが....」
「いえいえ、十分ですよ。」
「そうかそうか、では。」
おじさんはゆっくり椅子に座り、杖を横に立てかけた。
「さて、お主らは何処から来たのかね?」
「僕らは首都郊外から来ました。」
「なんじゃと?ここからだと10キロメール、いや20キロメールあるではないか。」
え、そんな距離をいつの間にか歩いていたってことか!?
「イツキ、やはりあの森は....」
「そうだね....」
あの〈ノルベント森〉には僕らの知らない何かが起こっている。
獣人族のおじさんは顔を合わせて何かを確かめている二人の様子を見て、不思議がりながらも話を進めることにした。
「まぁ、歩き疲れてだいぶ疲れたじゃろう。ゆっくりして行きなさい。」
「有難うございます。
ところで獣人族は農牧業で生計を立て活発に活動している人族でしたよね?」
おじさんは少し悩むような顔をして答えた。
「うむ、そうだが...」
「それがどうしたのか?イツキ?」
「ノヴァ、この村の様子を見てどう思った?」
「どう思ったって...それは」
そうだ・・・こんな時間だというのに外を出歩く人たちは少なく、何かに怯えながら、もしくは何かに諦めかけて活力を失っている。
本来柵の中で牧草を食べている牛や他の農牧動物は全く見かけない。
獣人族の子供は本来外を走り回って遊ぶことが多いのだが、そんな子供の元気な笑い声さえ聞こえない。
それに獣人族といえば、毎日のように〈フェリオード〉に牛乳を配達してくれているフィロのおかしな言動、そして3ヶ月近く姿を見ていないフィロの姉フェノ。
これは獣人族に何かが起きている、そんな感じだろう。
「そこで、獣人族のおじさんは何か知りませんか?」
「そうか、お主らはあの事を知っていてここへ来たわけでは無かったのじゃな。
もう他種族のものたちにも知られておるし....ならば仕方が無い、話してやろう。」
そういって獣人族のおじさんは杖を使ってゆっくり立ち上がって玄関へ歩き出した。
「ほれ、ついてこい。」
僕とノヴァは急いで立ち上がってついて行った。
外へ出るとやはり静か、僕の想像していた獣人族の村とは思えないくらい静かすぎだ。
「お主らは近頃流行っている病を知っておるか?」
「病気ですか・・・」
そういえば、以前食堂で会話していた客のから少し耳にしたことある様な・・・
「確かレプトシム病でしたっけ。」
「そうじゃ。」
何も知らないノヴァは僕の服を引っ張って尋ねて来た。
「イツキ、そのレプトなんとか病とはなんだ?」
「えーっと、確か・・・・ごめん・・・僕も知らないや。」
「イツキはダメだな」
「働いてくれないノヴァには言われたくないな〜」
「にゃに!?妾だって今日は手伝ってやっただろう!」
「へぇー今日だけじゃないの?」
「毎日お前の訓練に付き合ってやってるだろう!」
「それはノヴァが僕にこんな力を!」
「わっはっは。」
そんなおじさんの笑い声にノヴァとの睨み合いをやめた。
「仲が良いじゃのう。じゃが今は痴話喧嘩をやめてくれぬか?」
「「ち、痴話喧嘩!?」」
「ほれまず一つ目じゃ。」
おじさんについて行った先は独特の臭いからして動物のいる建物ようだ。
「イツキ....」
「耐えろノヴァ・・俺らは毎日動物の血を目の前にしているじゃないか。」
「けどこの臭いは妾も流石に...」
入るのを嫌々そうにしている二人を見ておじさんは一言こう言って扉を開けた。
「すぐ終わる。」
扉の先からはまた凄い臭いが僕たちを襲った。
「「っう!」」
二人はとっさに鼻をつまんだ。
な、なんなんだ...糞だけの臭いじゃない...何かの腐敗臭...
普通ここまで臭いのはおかしいぞ・・・
にしてもよくこんな臭い、嗅覚のいい獣人族のおじさんは平気なんだ....
(って、ええ!?)
おじさんが以外も洗濯ばさみで鼻をつまんでいたことに驚いた。
「今更じゃが、ここから先はグロテスクなものがあるのじゃが....狩りのできるお主らなら大丈夫じゃろ。」
あれ、なんで僕たちが狩りをしていたことを?....ってああ、あんなどでかい鹿を背負ってたからか。
にしてもグロテスクに慣れているのはエミルだけど僕たちは....
しかしすでに遅かった、建物の中にはたくさんの牛や馬、豚などの牧場動物達が来るしそうに倒れこんでいた。
「これは...!?」
「レプトシム病にかかってしまった動物達じゃ。」
倒れこんでいるいくつかの動物の体の一部は毛が抜け、そこは皮がもむけ肉がむき出しになっていて、そこからまるで肉が腐っているように穴ができ、その周囲にハエがたかっていた。
「っう!」
それをみて僕は思わず吐きそうになるが堪えたが隣でノヴァは吐いていた。
「の、ノヴァ!?ちょ!ここで吐くなよ!!」
「っく、妾としたことが....この様なことで気分を害するとは....もうダメみたいだ・・・・イツキ・・・お前だけでも・・・」
「ノヴァ!?ノヴァアアアア!!」
という茶番を終え、一旦ノヴァを建物の外へ置き去りにし、さらに建物の奥へ進んだ。
「この病にかかるとまず高熱をだし、徐々に体のが蝕まれ腐敗し、死ぬのじゃ。」
「なら、なぜ治さないで隔離してるんですか?」
「それが、治す方法が分からないんじゃ。」
「え!?」
「役所の者達もこの病の治療法を探してはくれていたのだか、見つけられず諦めたのじゃよ。」
「そんな...役所が諦めたらもう....ん?」
突然足元を横切った生き物が気になった。
「どうした?」
「いや、何でもないです。」
(ネズミか....)
「そうか・・・
さて、これはお主に耐えられぬかの。」
そういってたどり着いた先にあるのは・・・
「ッ!?」
それは多分骨の形や残った皮の模様からして一匹の牛だった。
完全に肉は腐敗し切って残っているのはほんの一部の皮と骨だけの状態。
その周りにウジ虫がウジャウジャといて、真っ向にみているには辛い光景だった。
「嘘だろ....こんな風に....っう...」
流石に耐えきれず吐いてしまった。
♢
建物から離れしばらくして落ち着いてから再び歩き始めた。
レプトシム病の治療法が見つからない....ってことは病気の原因も不明ってことになるのか....
「お主らにはちょっと酷なものを見せてしまってすまぬの。」
「いえ、僕たちは大丈夫です。」
二人とも吐いといて大丈夫とは言えないか・・・
けど、なんでこのおじさんは僕たちにこんなものを見せたのだろうか・・・
「イツキ・・・」
まだ気持ちが悪いのかノヴァが何かを要求した顔でこっちを見つめて来た。
「わかったわかった。ほら」
「うむ・・・」
ノヴァは僕の背中に乗り、方に首を乗せ寝始めた。
(本当に、いつもこれくらい穏やかなら可愛いのにな。)
少しして杖をついてゆっくり僕の先を歩くおじさんがこのレプトシム病による影響を詳しく話始めてくれた。
「原因不明のこの病気はこの村の動物達に瞬く間に広がって、ほとんどが隔離状態にあっての。
数少ない動物でこの〈ケイトボール〉の収入源となる畜産物で配達しておったが、この病気のおかげで信用がなくなって、いまや畜産物は全く取り扱ってくれず、どうしようもない状況に村の若者たちの勢力も失い、この有様というわけじゃな。」
それじゃあ、フィロが最近うちへの配達が妙に早いのや仕事が終わるのも早いのは、この病気によって客がいなくなったから....
けど、なんでフィロは隠そうとしていたんだ?
「おじさん、けどこの病気が人族へ大きな影響を与えているという事例はまだ起きてないですよね?」
この〈カマストマード〉に暮らす人族への影響があれば大きな話題になって、僕の耳にも確実に届いているはずだ・・・
けどそんな事例は聞いたことがない。なのに、なぜ畜産物への不信がここまで高まっているのか・・・
「いや、それがもうすでに三ヶ月以上前から起きているのじゃ。」
「え!?」
「うちの娘の一人での....治る気配もなく、ずっと高熱にうなされておるのじゃ....
獣人族は元より病や怪我には強い体を持っておるので、まだ身体の腐敗とまで入っておらぬが....もう長くはもたぬはずじゃ....」
後ろを歩いているので今のおじさんの表情を伺うことはできないが、悲しそうにしているのは確かだ。
まぁ、娘が治療法の見つからない病で死ぬというのだから当たり前だ。
「それじゃあ....もう....」
「じゃが、わしは諦めておらぬ!」
突然の希望に満ちた声にあっけを取られてしまった。
「幸い、役所の熱心な若造が探してくれておる、もう一人の娘も自分の姉の分まで働いてくれておるのじゃから、わしが諦めるわけにはいかん!
この村のため、家族のため...クリチャードの名にかけて必ず治療法をゴホッゴホッ!!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃ、ちょっと興奮しすぎたわい。」
なんだ、このおじさんは諦めて落ち込むどころか、元気じゃないか。
僕たちもどうにかしてあげたい....
「着いたぞ。」
他の家より少し大きい煉瓦造りの家の前に着いた。
しかしその建物は最初におじさんに招き入れられた仕事場のような場所のすぐとなりだった。
あ、戻って来たのか・・・
「すまぬが中を確認せねばならぬから、少しばかりここで待っておくれ。」
「分かりました。」
そう言われおとなしく待つことにした。
徐々にずれてきたおぶっているノヴァを持ち直した。
すると頭に何者かの手を乗せられているのを感じ、男性の声が聞こえた。
「イツキくんじゃないか!久しぶりだねえ。」
この、不愉快な頭の掻き毟り方は・・・