#3 フェリードへようこそ
く・・・・苦しい・・・・
僕は暗く何もない世界で向こうから真っ黒で危険なものが僕を覆おうとしているのを感じた。
あれに飲み込まれたらいけない・・・・逃げなきゃ・・・・
僕はその黒い恐怖から逃げるために、反対側に必死に走った。
苦しくてもひたすら走り続けるイツキに黒い恐怖は彼を追い続け、距離が出来るどころか、縮まっているようだった。
イツキすぐ後ろに来ている恐怖にただ怯えるしかなかった。
♢
「む・・・・ここは・・・・
そうだ・・・オーガが・・・・」
意識を取り戻したノヴァはボヤけた視界の中辺りを見渡した。
ゴブリンを捕らえていた黒い網は解け、そのゴブリンの姿も無ければ、オーガの姿も見えなかった。
徐々に視界も元通りになり、辺りがくっきり見える様になり、弓を片手に持って倒れたイツキを見つけた。
「イツキ!!」
イツキのそばへ駆け寄ったノヴァは、苦しそうにしている彼の右腕と左手に持っている弓が黒く澄んでいるのを見つけた。
なぜ、イツキがわらわの魔力に呑み込まれようとしているのだ・・・・
そんな疑問にたいし、その答えの心当たりはすぐに出た。
イツキがエミルという女の子を助けるために念のため作っておいた、ノヴァの闇の魔力を込めた矢だ。
ということは、イツキはわらわを助ける為にこの矢を使ってこのようなことに・・・・
イツキを侵す闇をどうにかするにはあれしかないのだな・・・
そこで、助ける方法として、一つの手段をしっていたノヴァは少し戸惑ってしまう。
ま、まぁわらわはイツキになら・・・・けどイツキはどうなんだろう・・・・
「うー・・・・」
悩むノヴァは小さく呻く。
・・・このままじゃイツキが闇に呑まれてしまう・・・・
これはしょうがないのだ!!
ノヴァは一つの決断をし、自分の親指を口元に持っていき、人間よりも非常に尖った犬歯で刺した。
痛みで体が一瞬ビクッと動いた。
昔オヤジに教わった契約の儀式・・・・
他の魔族共が人間の魂を喰う時の契約とは違って、眷属の様なものとしての契約を結ぶ儀式。
オヤジがサキュバスである母に対し、魔王であるサタンの血を分け与えることで、サタン同様の力を与えることが出来る儀式だ。
しかし、これは1人の魔王に対し1人にしか出来ない契約であるため、一度契約してしまえばキャンセルすることも出来ない。
ある意味人生のパートナーとしての契約となるのだ。
「契約の儀・・・・わらわはイツキへこの力を分け与える。」
そう呟き、尖った歯で刺した親指からジワっと浮き出た赤い血液をイツキの唇に薄く広く塗った。
そしてしばらくして真っ赤に染まっていた唇は、薄くもとの色を戻し、それと同時にイツキとノヴァを覆う様に大きな黒い魔法陣が空に浮き出た。
♢
「・・・・ここは・・・・?」
目を覚ましたイツキは見たことのない部屋にいた。
そこにはいろんな緑色の植物が小鉢に植えられ、壁に沿ってたくさん並べられていた。
ベットのすぐそばを見るとノヴァとエミルが上半身を布団の上に乗せ、気持ち良く寝ていた。
良かった・・・・ノヴァもエミルも助かったのか。
「ん?」
頭を掻いていたら自分の頭に変な違和感を感じた。
それは渦巻きの様な形をしていて、硬く取ろうにも取れない、まるで角でも生えたのかの様な。
「え、ええええ!?」
これって角!?
誰かのイタズラ?外せないし・・・・
何で僕に角が生えてるんだ!?
「騒がしいやつだ。」
そう言ってこの部屋のドアから入ってきたのは左目に傷跡を残した頑固そうなおじさんだった。
「どちら様ですか?」
「わしがワシの家に入っちゃいかんのか?」
「いえ、そういうわけではなく・・・」
「がはは、分かっとる分かっとる。
倒れていたお前さんに寝床を貸してやってるからな。
もう大丈夫なのか?」
「はい、おかげさまで。」
おじさんはベットのの横に置かれた丸椅子に腰をかけて話してくれた。
「いきなりオーガに脅されるわ、こもエルフの娘は家の前で放置されておったし、本当に今日は騒がしい日だ。」
「すみません。」
自分が悪いわけでもないのだが、何処か申し訳なく思ってしまっていた。
「エルフの娘は目を覚ました時お前さんのことを心配そうに探しておったぞ。」
心配かけてごめんね・・・
「イツキ・・・?」
先に目を覚ましたのは金髪のエルフの少女だった。
彼女は起きた僕に抱きついて泣き出した。
「イツキ!!」
「ごめんねエミル・・・・心配させてごめん。
守って上げられなくてごめん・・・・」
「いい・・・いいの!私がいつまでも怖がるから・・・・だから!」
僕はそっとエミルの頭に手を置き、優しく言った。
「しょうがないさ。エミルが無事で良かった。
それに僕たちの〈フェリオード〉を守ろうとしてくれたんだ。
よく頑張ったよ。」
「私は何も・・・・」
僕は彼女の頭を強く寄せた。
「もういいから。」
「うん。」
しばらくして落ち着いたところで抱き合っていた2人は離れ、いつの間にか目を覚まして気まずそうにしている派手な服を着た女の子に気がついた。
「ううう・・・・」
「ほら、ノヴァちゃん。」
何かを躊躇っているノヴァをエミルが軽く背中を押す。
ノヴァも無事でよかった・・・・
「い、イツキ!!」
「なんだいノヴァちゃん?」
「うっ。」
イツキのとても優しい微笑みをみて、ついつい喉を詰まらせてしまう少女。
「実はの・・・・」
ノヴァは罪悪感と一緒にどこか気恥ずかしく、契約の儀式について説明し、それをイツキにしてしまったことを話した。
「ご、ごめんなさい!」
顔を赤くして涙目なノヴァは誤った。
僕はしばらく頭の中を整理し、今にも泣き出しそうなノヴァの頭にポンと手をおいた。
「僕にはよくわからないけど、ノヴァちゃんが謝ることは無いんだよ。
それに、ノヴァちゃんは僕を助けるためにしてくれたんだから、僕がお礼をいいたいところだよ。
ありがとう、ノヴァちゃん。」
「・・・う・・・・うあぁぁぁん!」
結局泣き出してしまったノヴァを、イツキとエルフの少女エミルは優しく見守った。
ノヴァが泣き止むまでそう時間はかからなかった。
「じゃあ、帰るか。」
「僕らの〈フェリオード〉に。」
♢
僕らは居座らせてくれたおじさんに感謝の気持ちを伝え、お礼の代わりといって僕とエミルの経営する宿屋〈フェリオード〉に無料で招待したが、「いつかにする」といわれ、小屋を追い出された。
もと来た道をノヴァを肩車して歩いていた。
「イツキ、角が生えてるではないか。」
「あ、そうだよ!なんで僕に角が生えてるんだ!?」
すでに角が体の付属品のように、気にしなくなっていた自分が心配だ。
「そうじゃった・・・お主と契約したのだから、お主も魔王の力が受け継がれたのだったな。」
「「魔王!?」」
僕とエミルはそんな言葉に声を揃えて驚いた。
「だって、さっきノヴァちゃんは魔力を与える契約だって・・・」
「そうじゃよ、魔王の力を与えたわけだ。それで、その角は魔王の象徴となる角だな。」
「そうなのか、それじゃあノヴァちゃんは本当に魔王・・・・」
「だから会った時からそういってるだろう!」
そうだっけ・・・?それでもこんな小さな女の子が魔王とは思えないでしょ。
「しかし、予想以上に驚かないな。」
「まぁね。」
まぁ、そもそも自分が何者かわからない以上、魔王になったところで驚こうにも驚けな無いさ。
それよりも、ノヴァちゃんが本当に魔王だったことに驚いてるんだけどね・・・
「それじゃあ、ノヴァちゃんのも角が?」
「あるぞ、まぁ邪魔だから消しておるがな。」
「消せるの!?」
「魔力のコントロールで出来るが、イツキはまだ魔力の使い方を知らないからしょうがない。
それに、そのくらい小さい角だったら、目立たぬだろ。」
「まぁ、そうだけど・・・」
正直、頭を掻くときとか邪魔になりそうだ。
まぁ、どうでもいい心配だけど。
「そうだ。ノヴァちゃんじゃあ、子供扱いされてるようだから、ノヴァで良いぞ。」
呼び捨てで読んでいいだなんて、魔王の風格持ち合わせてないじゃないか。
「そ、そう。じゃあ、ノヴァ。」
「にゃ、なんだ!?」
「何でそんな驚いてるの?」
「驚いてなんかないっ!!」
しばらくして、酸素の薄い鋼鉄の森を抜け、新鮮な空気を吸うように深呼吸した。
「んー、やっぱ気持ちいい!」
「そうだね。」
「だな!」
3人は森に別れを告げるように宿屋〈フェリオード〉へ向かった。
「もういいぞ。」
「そう。」
イツキはノヴァを肩から降ろし、〈フェリオード〉に入ろうとした。
「ノヴァ?」
「どうしたの?」
「・・・・」
玄関の前で立ちすくむノヴァの両手をイツキとエミルは引っ張り、宿屋の中へ連れて行った。
「「〈フェリオード〉にようこそ!」」
〜フェリオードへようこそ〜
完
次回は夏が終わる頃