#2 エミル=フェリオール
彼女は僕を引っ張ってその木造の建物へ向かった。
扉の鍵を開けて中へ入ると。
入ったところですぐ受付のようなカウンターがあり、その先にすぐ上へ上がる階段があった。
階段には登らず、その隣の廊下を突き進んで行く。
壁には幾つものドアがあり、それぞれに100から一つずつ増えていくナンバープレートが貼られていた。
....ここって泊まったりする宿かな?
そのまま突き当りまで来たところで、今までのドアとは違い、柄が違い、大きさも少し大きかった。
そのドアにはナンバープレートではなく、何かしらの文字が書かれていた。
「何て書いてあるのか分からないよ....」
彼女は何も言わずに、この宿の扉を開けた鍵と一緒にしまわれていた腰にかけた小さなバックから、もう一つの鍵をとり、謎の文字を書かれたドアを開けた。
中はどこにでもあるような家庭と変わらない部屋だった。
左、正面、右にそれぞれ一つ扉があり、台所の見える入り口もあった。
真ん中には大きな長方形で木だけで作られた食卓があり、その周りを囲むように配置され、これらも食卓に合った木製だ。
他には本の入った小さな棚や、食器棚もあった。
彼女は握っていた僕の手を放し、その食卓を囲む椅子の一つを、座ってくださいと言っているかのようにひいた。
僕は彼女が引いてくれたイスに腰掛けた。
それから彼女は捕らえた狼を引きずりながら、台所の方へ向かった。
ま...まさか....
自分の予想は見事に的中し、台所の向こうから包丁で着る音が聞こえ、それから少しずつ鉄のような匂いが漂ってきた。
「..っう。」
あまりの匂いに気分が悪くなった。
台所を覗こうだなんて思えばきっと吐いてしまうだろう。
彼女が台所に入ってから何分経っただろう。
僕は体力的にも精神的にも疲れ、徐々に眠気がさしてきて、食卓の上で顔を腕に埋めて寝てしまった。
イツキ....
またあの声だ...
森の中で目覚める前に僕が聞いた声。
誰の声かも僕は覚えていないし、その声の言葉が何を意味するか分からない。
「君は誰だい?」
僕が尋ねても返事は返ってこない。
イツキ....
何度もその言葉を僕に行ってくる。
何度も何度も。
しかし、その声は何処か懐かしい声で嫌な気分ではなかった。
僕はその声に尋ねることをやめ、静かに暗闇の中でその声を聴くことにした。
それから少しして自分の体が揺れていることに気づいた。
徐々に揺れが激しくなり、目を覚ました。
「ん....」
僕は僕を助けてくれた彼女に揺らされて目を覚ましたようだ。
「うわっ!」
「ヨーネイ。」
もちろんのこと彼女が何を言っているか、僕には全くわからない。
ん?いい匂い....
食卓の上には自分にも見たことのある食べ物。
ご飯の上に盛られた、白くとろけた液体。
中には人参やじゃがいもと、自分にも分かる食材。
シチューだ。
けどこの肉って...
先ほど僕を喰らおうと追いかけてきた末に、彼女に矢で射られた狼の肉なのだろう...きっと
台所に持ち込んで包丁でさばいたのだから、この料理に入っていないわけがない。
けど....
グゥ〜
自分の腹の虫はないているようだ。
向かい側に座っている少女はクスッと笑った。
僕は恥ずかしながらも、そのシチューを木製のスプーンですくって口に流し込んだ。
ん?美味しい。
ほのかに甘みがありながらも、しつこくなく口の中がとろけるような旨味だった。
この狼であろう肉も、香味料で匂いを抑え、肉汁がシチューと上手く絡みスープが引き立っていた。
そんな評論家のような評価をしつつも、口に流し込む手は止まらなかった。
「ソノヤイ?」
彼女はバスケットに入ったパンをどうぞとばかりにこちらにずらした。
「ありがとう。」
僕は遠慮なくそれをいただきたい、千切ってシチューと一緒に食べた。
お腹が満たされ、食卓を片付けたあと彼女はこう言った。
「エミル=フェリオール」
「え?」
もちろん聞き直したところで自分が理解できる言葉ではないことは分かっているが、つい口に出してしまった。
彼女は今度、自分の胸に手を当てもう一度言ってくれた。
「エミル=フェリオール」
「エミル...フェリオール?」
僕は彼女が言った言葉を復唱した。
それを聞いた彼女は頷いた。
エミル....それが彼女の名前?
「エミル?」
もう一度その言葉を言った。
そしたら、彼女はもう一度頷いてくれた。
「アナムユール、トヤ?」
僕の名前を聞いているのか....
「....」
答えようにも、僕には何の記憶もないから.....
そこで、夢で聞いた声が頭の中で響いた。
(....イツキ....)
「イツキ.....」
僕はそのまま口に出してしまった。
それに反応して彼女も僕の言葉を違うイントネーションで復唱した。
「イツキ?」
そう聞かれ、なぜかしっくりきたのか首を縦に振った。
自分の名前も覚えていないはずなのに....
それよりも僕はどうすればいいんだ?
異世界に飛ばされ、言葉も通じなければ常識も知らない僕が住む場所もない....帰らなくちゃ....
けどどこに?
記憶がないのにどこへ帰ればいいんだ?
僕は途方に暮れ、悩んだ。
僕が悩んでいる中彼女は空になった食器を重ね、台所に置かれた水の入ったタライの中に入れ、突然部屋から出た。
それに気づいた僕は彼女の後をつけて行った。
彼女はまず、隣のタイルの敷かれた部屋から大きい木網の籠を持ち出し、数字のプレートが貼られた部屋を選んで中に入っては、白いシーツを籠に入れ部屋から出て、また別の部屋を選んでは同じことを繰り返していた。
僕も手伝わなくちゃ。
僕は彼女が入った隣の部屋に入ってベットの様な所に綺麗に敷かれたシーツを抜いて、彼女の元へ戻った。
しかし彼女は少し口を引きつってこっちを見つめてた。
あれ、まさか余計なことをしちゃった?
まさか泊まった人がいた場所を選んでとってるのかな...
「ご、ごめん。」
僕はとっさに軽く頭を下げて謝った。
彼女は「いいよいいよ」と言っているかのように、手をふった。
僕も何かしなくちゃ....
僕は彼女が持っていた
シーツを集め終わった彼女は、重そうな籠を持ち上げた。
僕はそれをを代わりに持ってあげることにした。
「フェノミア。」
彼女は嬉しそうにそう言った。
僕にも彼女が何て言ってくれたか分かった。
それから彼女は外へ出て裏庭に向かった。
壁に置かれたタライを手押しポンプのそばに行き、水を汲み、その水を使いシーツを洗った。
僕はそのシーツを一つ一つ物干し竿にかけて干した。
全て干し終わった彼女は僕にもう一度嬉しそうにして言った。
「フェノミア。」
「ありがとう」って意味かな。
僕はまずこの世界の一つの言葉を覚えた。
今度は横に咲いたオレンジや白色の花弁を持つ花が咲いているガーデンへ向かった。
分からない僕は彼女の名前を初めて呼んだ。
「エミル。」
彼女は少し驚いた表情をしては笑顔にガーデンを指差して、
「ディモルフォセカ!」
また何かの言葉?花の名前かな....
彼女はその花を幾つか摘み、この宿屋の敷地をでて崖沿いの緩やかな坂道を上って行った。
何処に行こうとしてるんだろう....
途中で崖側にいかにも怪しい洞窟があったがそこに入るわけでなく、歩き続けた。
しばらくして見晴らしの良い丘についてそこにはお墓の様な石板が二つ建てられていた。
彼女はしゃがみそれぞれの石板の前にさっき摘んだ花を添えて、じっとした。
「...」
僕は察した。
一度も彼女以外の人物を見ていないし....
じゃあ、このお墓は彼女の両親のかな....
それから彼女はは僕を連れて、たくさん建物のが建てられたところへ連れて行ってくれた。
たぶんそこは、このあたりで一番大きな街なのだろう。
そこには僕が見たことのないような人というより種族がいた。
動物の耳や尻尾を生やした人が色んな動物に股がって移動していたり、小柄な人たちが数十倍の大きさや重そうなものを持ち上げて運んでいたり、
エミルと似て肌が白く透き通っていて耳の尖った人たちなどが行き来していた。
けど僕と同じような人は見かけることができなかった。
...なんだろう、視線が気になる...
すれ違う人ほとんどが僕を不思議そうに見つめた。
やっぱこの姿はおかしいのか...それとも僕自体が珍しいのかな?
彼女は露店で大きな布を購入した。
その店の小柄なおじさんにも珍しそうな目で見つめられた。
それから彼女は魚と小麦を買って街をでて宿屋に戻った。
僕は宿屋の前で立ち止まって考えた。
僕は本当にエミルの世話になっていいのかな....
そんな僕を見たエミルは僕の手を無理やり引っ張って中に連れ込んだ。
「ニェノソモマール、コンダーマントリアイァクトーム。」
まだ、「ありがとう」と言葉しか知らない僕には困った長文だ。
しかし横から見た彼女の笑顔は僕を受け入れたくないという顔でないことが分かる。
その後彼女は魚とパンを焼いて、夜食をいただいた。
食事を終えた僕は眠気のあまり大きなあくびをして眠いと意思表示した。
彼女はリビングから通じる3つの扉のうち一つを開けて、招くように立ちつくした。
これって彼女の家の部屋だよね?客が泊まるような部屋じゃなくて...
ってことはエミルは行くあての無い僕がここに住むことを喜んで受け入れてくれた。
僕はベットに横たわり、天井を見つめ、今日1日を振り返った。
何も記憶もない僕を彼女は助け、食事を用意してくれ、泊まわせてくれた。
まるで、僕は彼女、エミルに拾われて世話してもらっているようだ....
そう、僕はこの度異世界で少女に拾われたようだ。
〜この度異世界で。〜
完