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急性2次元オタク拒絶症(上)

作者: 栗桐 文輝

 200X年。

 東京を中心に突如として発生し、脅威の感染力をふるいたったの3ヶ月で日本全土を埋め尽くした疾患びょうきがあった。

ありとあらゆるルートを通して世界中にも散らばったそのウイルス性疾患は、しかしワクチンが開発されることもなく、着々と全人類に広まろうとしている。


『急性2次元オタク拒絶症』


 通称 2Oツーオー拒絶症感染者は極度に2次元オタクを拒絶するようになり、同時に二次元のアニメ等にも強烈な反応を示す。この症状は例外なく起こり、どんなに秋葉原に通いつめたオタクであったとしても感染してしまえば同様の結果となる。

 そして、2O拒絶症に対して国会もWHO(世界保健機構)も同様の対応を示した。

「別に困んないからほっとこう」

そんなわけでワクチン開発はまったくもってされていない。


     *


 東京都内某所。

 23区内にあり、交通の便もそこそこにいいにもかかわらずの家賃4万円という破格のアパートがあった。破格の理由は明確。四畳半一間でトイレ共同、当然キッチン、風呂もなし。

 唯一の窓は南を向いているにもかかわらず、わずか15センチしか離れてない隣のマンションの壁によってお天道様はほとんど顔を見せず、つねに薄暗くジメジメしている。

 あえて長所をあげるなら・・・無料ただでキノコが食べられることぐらいか?

 そんなオンボロアパートの中で、1人パソコンに熱中している青年がいた。

 時刻は深夜2時。

「ふ、ふふふふふ…。」

 ノートパソコンを使用しているときに照明あかりをつけるとブレーカーが落ちるため、部屋は真っ暗。ディスプレイの明かりをメガネに不気味に反射させ、青年はうっすらと笑っている。

「ふふふ、ふふ、ふふふふふ…。」

(やっぱり、いいよなぁ。)

青年が見ているのは、………アニメ。

 拒絶症に感染していようがいまいが半径10メートル以内には近づきたくない光景である。


 病原体を即座に死滅させ、無効化させる抗体。通常、抗体というのは一度体内に侵入した病原体に対して作られるものだが、どんな病原体に対しても100人に1人は先天的にその抗体を持っていると言う。

 この青年がアニメを見てうれしそうに(そして不気味に)笑っているのは彼がその100人に1人で、さらにオタクだったからである。

 彼の名前は縦宮たてみや春之助しゅんのすけ。180の長身とそれなりに整った顔立ちにもかかわらず、もうすぐ二十歳というその若さを2次元に奉げた真性オタクである。ちなみに、オタクということがバレなければなかなかにモテる。

 春之助はもともと実家に住んでいたのだが、ご近所の急性2次元オタク拒絶症患者達に蹴られ、殴られ、(フィギュアを)壊され、(漫画や同人誌を)破られ、命からがら涙だらだらで亡命してきたのだった。メイド服を着たフィギュアとノートパソコンだけを持って。


 布団や机などの生活必需品がまったく見当たらない暗い部屋で、アニメの少女はしゃべり続ける。

『お兄ちゃん、遊ぼうよ!』

「ふふふふふ…。」

ついでにオタクはにやけ続ける。

『よし、なにして遊ぼうか?』

「ふふ…。」

『うーんとねぇ、かく…ガガッビビーッ!』

 えらい年齢差のありそうな兄妹の戯れが砂嵐に消えた。

「な、なんだ?」

 春之助はあわててパソコンを直そうとするが、ディスプレイには萌え要素のカケラもないノイズ。

「お、おい、冗談じゃないぞ。」

 ブッ!

「……がっ!」

 破滅の音。パソコンからもうもうと立ち上る白い煙。

「う、うわあああああっ!」

 そう、今まさに春之助は心のよりどころを失ったのであった。

「そ、そんな、これじゃあ、おれは、…どうすりゃ…。」

 震えがとまらない。そして彼は断末魔に似た叫びを上げた。

「あ、アンナーーーーーっ!!!!」

 おそらくはさっきのアニメのキャラクター。

「うるせぇっ!」

どんどんと隣の住人が壁をたたく。もちろんこのアパートの壁に防音効果なぞあるわけもない。しかし春之助は叫び続ける。パソコンとともに消えていった彼女達のために…。

「マリアーーっ!!華乃ーーっ!!楢高ーーっ!!」

 その叫びは深夜の街にこだましていった。


     *


「♪あなたのー、ハートにー、わたしのウィンクをー、メガトンヒットー♪」

 朝の公園。さわやかな晴れ空の下。塗装のはげたベンチ。一通り名前を叫びつくした春之助は、今度はここでアニメの主題歌を口ずさんでいる。ちなみになぜ公園にいるのかと言うと、お隣さんに追い出されたからと、単純明快。

「♪キュートでー、おちゃめなー、まほうしょうじょー、……う、っく…。」

 そして春之助は泣き出した。

「ど、どうしておれだけが、こんな目に、あわなけりゃならないんだ…」

 ぽろぽろと涙があふれる。

 ここだけ聞いていると、何か深刻な事情でもあるのかと思ってしまうが…。

「一緒にアニメDVDを買いあさった博史も、イベントに欠かさず参加してた直弘も、みんな…、みんな感染しちまった。みんな、おれを拒絶して、2次元を踏みにじった…。

 終いには最後の心のよりどころだったバーオ1号(ノートパソコンの名前)も、おれをおいて旅立っちまったし。もう、おれのまわりには何もない…。萌えることができない世界なんて、あってもしょうがないじゃないか。」

うつろな目で空を見上げる。雲ひとつない、きれいな青空。

「……死んじまおうかな。」

 幸いここは公園で、首をつれそうな木もいくらかある。ロープさえあれば、と考えるがもちろんそんなものはない。

「金、いくらぐらいあんのかな…。」

ポケットをまさぐる。と、その手に何かが触れた。財布ではない。なにか、硬いもの。

「?」

 そう、それは彼にとっての希望。

「あ、明菜あきな、ちゃん…。」

 実家から持ってきた一番のお気に入り。ところどころ黒ずんで汚くなっているが、しかしそれは春之助に笑いかけた。メイド服のフィギュアであった。

「明菜ちゃん…。」

 春之助は明菜ちゃん(フィギュアの名前)をぎゅっと抱きしめる。そしてぬくもりを確かめるように、口付けをする。

 はたから見れば鳥肌が立つようなこの行為も傷ついたオタクには確かな原動力。

「そうだ、おれには、まだ明菜ちゃんがいたんだよな…。」

涙を手の甲でぬぐい、ふっと笑みを浮かべる。

「…そうだよ。こんなことであきらめるなんて、んなのだめだよな。なんとしてでも…、なんとしてでも萌えを、この手に再び収めるんだっ!!」

 急性2次元オタク拒絶症が蔓延した世の中に立ち向かう勇気が、春之助に芽生える。そして、彼はひとつの決意をした。

 政府によって封鎖された秋葉原への侵入を。


     *


 日本における2O拒絶症の感染率は99%。つまりは先天性抗体を持っていない人はすべて、ということである。当然、国会議員などの政府関係者もほぼすべてが感染しており、国土交通大臣もその例外ではなかった。

「秋葉原は封鎖します。」

その案はなんの反発もなく可決され実行、現在の秋葉原は高さ20メートルの壁、通称A(秋葉原)フィールドによって囲まれ、人っ子一人入れないようなっている。もっとも、壁なんかなくとも感染者は秋葉原という2次元天国には近づかないので、その壁はむしろ秋葉原なかからその手のグッズ等が流出するのを防いでいる。


「くく、オタクの情報網をなめるなよ。」

 そう言って春之助が目指したのはAフィールドから1キロばかり離れた何の変哲もない商店街。夕方ということもあって、買い物をする主婦でにぎわっている。

 缶詰やペットボトルなどを買い込み、大きなバックに詰め込んだその姿はさながら探険家のよう。迷彩柄のズボンに、ポケットの多いチョッキを着たその姿はさながらゲリラのよう。……チョッキの胸ポケットに明菜ちゃんが入っていなければ。もちろん明菜ちゃんが見つかれば感染者達に袋叩きにされるのは目に見えているので、ポケットのチャックは閉めてある。

「これでよし。」

 最後の用意、ライト付ヘルメットと軍手を購入し、春之助は準備を終えた。

(こんな姿でうろうろしてると、怪しまれるからな。行動は夜になるるまで待とう。)

ちなみに、すでにかなり目立っている。


 夜。春之助がやってきたのは人気のない裏路地。周りに人の気配はない。路地に面している家も全部カーテンが閉まっている。

 満月の夜。ひんやりした空気に高ぶる心も落ち着いてくる。

(おれがこれから秋葉原に行く、なんてことがばれたらおれは、多分殺される……。明菜ちゃんだってきっと踏みつけられて、殺されてしまう。)

壊される、ではない。

(でも、だからと言ってこのままじっとしてたって、萌えはおれから遠ざかったまんまだ。……行くしかないっ。よしっ。)

 最後に、周りに人がいないことをもう一度確認し、春之助はそっとマンホールのふたを開けた。

 これこそ春之助の言うオタクの情報網によって得ることのできた知識。このマンホールには秋葉原の中心街に直通する通路があるのだとか。春之助自身もバカじゃねぇの?と思いながら見ていた無駄知識掲示板のレスだったが、まさか役に立つ日がこようとは…。

 重いふたを音を立てないように置き、ヘルメットのライトをつける。マンホールの下に続くのは漆黒の闇。おもわずたじろいでしまう。

「く、くそ。」

すーはー、すーはー。深呼吸をする。マンホールからのなんともいえないこもった臭い。マスクを買ってくればよかったと後悔するが、もう遅い。意を決してマンホールのはしごをゆっくりと降りてゆく。

 

 オタクライフを満喫してきた春之助は、その筋肉をかなり弱らせてしまっていた。くわえて背中には重たい荷物。少しでも気を抜くとまっさかさまに落下してしまいそうで恐い。

「意外と、深いな。」

 もうすでに30分ほど降りているような気がする。しかし、時計を見るとまだ5分ちょっとだった。どうも3次元リアルでの感覚がずれている気がする。

 春之助は下を見てみた。高所において絶対やってはいけない行動のひとつだが、頭のライトひとつでは底まで照らしきれないらしく、下にはぽっかりと黒い口が開いている。恐くなってしまったが、その代わりに嬉しいものを見た。横穴である。あと3メートルほど降りればつく位置だ。

「ひとまず、あそこに、入ってみよう、か。」

 落ちるのではないかと少しこわかったが、なんとか横穴にもぐりこんだ。

「…ふう。」

 直径1.5メートルほどの、やはり奥の見えない横穴に腰を下ろし、荷物を置く。体が軽くなって気持ちがいい。そして、自分がかなりの汗をかいていることに気づく。

「む、やっぱり普段からある程度の運動はしなきゃだめか。」

 バッグからスポーツドリンクをとりだして飲む。

「おお、やっぱり汗を流した後のスポーツドリンクはうめぇ…」

これもオタクライフには無縁だった感動。

 RPGのキャラとかはすごいことを平気でやってるんだなー、なんて思いながらコンパスを取り出す。あの路地裏はAフィールド北側にある。そして、この横穴の方向は…、北だった。つまりは逆方向。

「反対か…。もうチョイ降りなきゃいけないのか。」

 胸ポケットから明菜ちゃんを取り出して頬ずりをする。

「明菜ちゃん。がんばるからね!」

オタクの活力はこれでチャージできるのだから便利なものである。

 再び縦穴を降りていく。

 はしごに慣れてきたこともあるのだろう、次の横穴はわりとすぐに見つかった。方向は先ほどの横穴と逆方向。

「ビンゴ!」

 この横穴、秋葉原への直通通路をゆけば秋葉原に着くことができるはずだ。

「まってろ秋葉原!おれは今行くぞ!」

 暗いマンホールに声が響き渡る。


     *


 前記したように、縦宮春之助の身長は180センチ以上である。そこがこの計画においての、彼にとって最大の弱点であった。

「うう、腰いて…。」

 狭いところはに長時間いる、というのは致命的に苦手なのだ。この通路の直径は1.5メートル。30センチ分腰を曲げなければならない。

「ううー…。」

 そんなわけで彼は明菜ちゃんを常に握り締めておかないと気力が続かない状態で歩き続けている。もう数キロは歩いているのではないだろうか。地図で見る限り、先ほどの路地裏から秋葉原の中心街までの距離は約4キロ。半分ぐらいは来ているはずだ、と自分を励ます。

 ザザザザザッ!

「な、なんだ!?」

 通路の奥から突然音がした。ずっと静かな中にいたものだから、心臓のバクバクは3倍増しになっている。

 ザザザザザッ!

「ち、近づいてくる!」

 ザザザザザザッ!!

 よく見ると通路の奥に小さく光るものが無数に見える。

 ザザザザザザザッ!!!

「う、うわっ!!」

 その小さな光、その正体は、

「ね、ネズミの大群だっ!!」

 光るのはネズミの目。ネズミの大群が通路の奥から押し寄せてきている。キーキーと鳴く声は全身を凍りつかせた。

「ひっ…」

 ぞぞぞぞぞっ! 

 逃げようとするがとても間に合わず、ネズミは春之助を駆け上っていく。あっという間にネズミまみれになった春之助は明菜ちゃんを必死で守りながらネズミを振り払おうとする。

「キーッ、キーッ。」

「あああああっ!離れろおっ!どっかいけえっ!」

しかし腕をどんなに振っても通路を転がってもネズミたちは群がり続ける。

「うわああああっ!」

 体中をかじられる苦痛に身をよじり、暴れる。

「い、いたいっ!」

 と、そのとき目に入ったのは、ネズミにかじられる明菜ちゃんの姿。

「っ!!やめろおおおおっ!!!」

 そのネズミをわしづかみ、通路の壁へとたたきつける。

「くそぉっ」

 全力で明菜ちゃんを守る。自分の体がどうなろうとかまわないから、明菜ちゃんを傷つけるのだけは許さない。

「っ!」 

 足を思いっきりかまれ、転倒する。ゴロゴロ通路を転がる拍子で背負っていたバッグの中身がぶちまけられる。

「キッ!」

「…?」

 すべてのネズミたちの動きが止まり、バッグのほうを向いている。そして次の瞬間、春之助に群がりかじっていたネズミたちはいっせいに離れて行き、こんどはバッグに群がる。

「あっ!おれの食料がっ!」

 しかし、ネズミの群れに割って入ってバッグを取り返すこともできない。

「…くそ、明菜ちゃんが無事なだけよしとするか…。」

 ネズミたちがバッグの中身を平らげてこんどこそ自分を獲物にしようとする前に春之助は通路を走った。


     *


「はっはっ…」

 なれない運動のせいで体は悲鳴を上げている。

 もうずいぶん前に走るのをやめて歩いているのだが、息も整わない。

 時計を見るとマンホールに入ってからもう3時間以上経っていた。直線距離で4キロなのに3時間経っても着かないということは、まさかこの通路が間違っていたのか?コンパスを見ると、通路の方向は少し北からずれている。

(まさか、本当に間違えて?……いや、通路に入ったときに北を向いていたのだからそんなことはないだろ。たぶん、弓なりになっているんだろうな。)

そういえば通路は完璧な直線、というわけではなかった。

(それにしても、もう、着いてもいいころだろう…?。)

 ヘルメットのライトの光も少し弱くなってきている気がする。

(これは、早く到着できないと、ヤバイかもな。)

 せっかく買っておいた食糧も今はネズミの腹の中か。

(やばい、HPが、0になりそうだ。傷薬が欲しい…。

ああ、もう、だめなのかなぁ。はじめっから無理な話だったのかも知れないな…。)

 そんなことを思ってしまう自分に嫌気がさす。

「くそぉ。なんだよ…。あの限定ライブのために5時間並んだ根性は、初回限定版を探して何十キロもあるいた根性は!どこ行っちまったんだよ…。…いや、違う。おれの、オタクのド根性は、こんなもんじゃないっ!」

自分を奮い立たせて歩き続ける。

「っ!」

 無様に倒れこむ。足をくじいてしまったようだ。

「本当に、日ごろから運動しておくんだったな…。」

 自嘲気味に笑う。もう、気力も尽きかけている。

「この上はもう秋葉原なんだろうな…。ここで死んだら、天に昇る途中によっていけるのかも。」

 ふっと、前を見る。そこに広がるのは永遠に続いているのか、先の見えない暗闇……、じゃなかった。

「はしごだっ!!」

 ライトに照らされてうっすら見えるのは、上へと伸びるはしごだった。

 駆け寄って上を見上げる。ライトの明るさを最大にしてかすかに見えるマンホールのふた。

「やった!明菜ちゃん!秋葉原だ!」

 足をくじいた痛みも忘れてはしごを駆け上がる。

 やはり体中は痛いし、体力も尽きかけているけど、着々とマンホールのふたが、長い通路の終わりが、そして秋葉原パラダイスが、春之助に近づいてくる。

「うおおおおおっ、オタクパワーっ!」

 そしてついに、春之助はふたを持ち上げた――。


 外のすがすがしい空気。狭いマンホールから抜け出した開放感。街灯などの人工的な光がない、月明かりだけの神秘的な光景。そしてなにより、その月明かり浮かび上がった見覚えのある街並み。

 そこは、夢にまで見た桃源郷らくえん

「……秋葉原。」

 そして春之助は気を失った。







下に続きます

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― 新着の感想 ―
[一言]  設定が極限ですね。その分コメディーとしての面白さが、増しているように思えます。 余談ですが、何だか、祖父を殺してから逃走し、秋葉原で発見された少年の事を思い出しました。  成程、彼のオタク…
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