第3話 校内案内では終わらない
転校生としての初日の放課後、始業式を僕はなんとか緊張せずに過ごせたのは、一重に仲良く接してくれるクラスメートが居たから。
空は青く、さも祝福してるかのような太陽の清々しさは気分を明るくさせる。
「どうだ、ここは。慣れそうか」
「戸田さん……」
「さんなんてやめてくれよ、俺達もう友達だろ」
「うん。ありがとう、戸田君」
「おう」
気に掛けてくれる友達が出来た。
僕は恵まれている。そう素直に思える。
「そうだ、案内してやるよ。まだ来たばっかだしな。どこがどこだかわかんないだろ」
「え、いいの?」「俺に任せとけ」
ありがたい申し出に断る理由はなかった。
「うん。じゃあお願いしようかな」
「おう」
教室を出て、戸田君は校舎のことを話してくれる。
「まずここ、俺達が今居る学級棟だ。一階の職員室を始め、二階から一年、三階に二年、四階に三年ってな感じで教室があるんだ。他にも教室はあるが、それは追々ってことでいいだろ。あとは棟が他にもあってだな」
まとめると、こうなる。
この学校には校舎が三つに別れておりら生徒が通常時集まるのが学級棟、中庭挟んで中央廊下を渡るとあるのが特別棟、横に設置されているのが部活棟、だそうだ。
上から見ると、コの字に見えるのだとか。
「特別棟は二階に美術、書道、音楽とかの芸術系の教室、三回には理科室とか理数系の教室だな。四階は今の所立ち入り禁止になっているんだが……まぁ、気にしなくていい」
なんだか気になる言い回しだけど、言う通りにして気にしないでおこう。
「一階は?」
「そうだな。一階は特別科の生徒の教室だな」
「特別科……そっか、僕達普通科だもんね」
「ああ。あいつらは所謂変人の集まりだな」変人って。「あまり関わらない方がいい」
「どうして?」
「どうしてってそりゃあな、特別科って性格が変な奴ばっかで良く思わない奴が多いからな。関わると面倒ごとに巻き込まれるかも知れないからな」
「……そうなんだ」
「あ、でも勘違いすんなよな。俺は別になんとも思ってねぇんだ。そりゃ確かに変な奴らは多いが、いい奴も居るんだ。俺は嫌いじゃないんだ」
戸田君のこと少し誤解してしまった自分が恥ずかしい。
つくづく戸田君はいい人なんだと思える。
「あとは部活棟だな。名前の通り部活の為のとこだな。文化部が主だが、運動部の部室も割り当てられてんだ」
「運動部って、外に設置されるんじゃ?」
「基本はそうだな。運動部は外での活動が多いからな、冬とか雪が降った時の配慮らしいな。あまり詳しいことは知らないがな」
なんだか気配りが所々見えて、いろいろあるんだなあと思える。
「大体こんな感じか」
「ありがとう。この学校のこと、少しはわかった気がするよ」
「じゃ、俺は時間だから行くわ」
「うん。今日はありがとう」
「おう、また明日な!」
「うん。また明日」
手を振って分かれる。
戸田君は何か用なのだろうか。
部活をやってるとか聞いてないし、明日にでも訊いてみようかな。
部活棟入り口から引き返そうと回れ右をするのと、声がしたのは同時だった。
女の子が僕の目の前に唐突に現れ──ぶつかった。
「うわわ──危ないぃっ!?」
「え」
──ドタンッ
激しい音が廊下に響く。
予測出来なかったことで、尻餅を突いてしまう。
「──っ、たた。大丈夫です……かはっ?!」
「ぁぅ……ぅぅ……」
細い脚の付け根、ライトグリーンの布がそこに──じゃなくて!
かぶりを振って立ち上がる。
ぶつかった女の子は倒れてスカートがめくれてしまって、大変なことに──
「だ、大丈夫ですかっ?」
「ぅぅん……なんか痛い……」
頭を抱えて上半身を起こす彼女。
どうやら大丈夫みたいだ。
「立てる?」
「あ、はい。ありがとです」
手を差し出して引っ張る。
案外軽く、引き起こすのは簡単だった。
「急いでいたもので、すみません」
「僕の方こそごめん」
胸のリボンの色が青……は、確か特別科の生徒だったっけ。
だとすると、これから部活か何か用事があるのだろうか。良くわかってないのだけど。
「では、失礼します」
とててて、と部活棟の方に走って去ってしまった。
本当に部活なのかな?
あまり他人のこと詮索するのも気が引けるし、もう帰ろうかな。
部活だけでも訊いてみた方が良かったかな……どんな部活があるのか気になるし。
「そんなに気になるのならば、案内をしてあげよう。迷える少年よ」
声がした方向へと顔を向けると、腕を組んで堂々とする黒髪ストレートの人が堂々とした態度で僕の目の前で立ち止まった。
綺麗な黒髪はさらさらと流れ、その立ちずまいを際立てる。
「私は誰か、そんな顔をしているな」
何も言っていないのに、顔だけで判断する彼女は、そう見透かしたことを言った。
「私は朱月冴夏──この学校を牛耳る生徒会の会長様だ」
所謂『どや顔』と呼ばれる顔で自分を様付けする姿は自然で、その瞳は肉食獣を思わせる鋭い光が輝いている気がした。
僕はこの瞬間、何か運命を感じる──こともなく、ただ呆然とその姿を見つめていたのだった。