第1話 転校生では終わらない
朝、ネクタイを締めて服装の身嗜みを整える。
新調した制服はまだ新しくてなんだか自分に合う気がしないけれど、少し、気恥ずかしくも心地良かった。
気分は良好。天気も燦々と照る太陽とゆったりと流れる雲がいい感じだ。胸に期待を乗せて、少々の不安共に嬉々としてアパートの部屋から出て学校へと向かう。
桜並木の道を進み、途中で歩みを止める。
あともう少しで学校の校門だけど、僕は桜の木の下で立ち止まって見上げる。
綺麗な桜の木。どれも同じに見えるけど、これだけはどこか違う気がした。
本当はそれぞれが違う個性を持つ桜の木なのに、この木だけが特に際立っている気がしたんだ。並木道に入って七本目の木。惹かれ合うかのように、僕は魅入った。
散り、舞う花びら。枚数は霧散していてわからない。風に揺れて花びらは飛び散ってその儚さと気高さを魅せる。
そんな様子の桜の木……僕は木の幹に手を添えて触れ、健気に病院で寝ている妹を思った。
「……はぁ。あいつにも……見せてあげたかったな」
そこで視線を感じてその方向に顔を向けると、女の子が僕を見ていて、目が合ってしまった。
もしかしたら桜の木かも知れなかったけど、見た途端に慌てだしたから僕を見ていたのだろう。ぶつかる視線を絶ってから回れ右して一回転してから門の方向へと歩き出した。
まだこっちに来たばかりで何もわからない僕は、誰でもいいから友達が欲しかった。
だから、彼女を呼び止めようと思った。
「──あ、待って!」
彼女はビクっとして止まった。
少しだけ安心した。止まってくれないかと思ったから。
「すみません。いきなり呼び止めて」
「……い、いえ」
人見知りなのか、動揺を隠せないでいる。
「えっとですね……僕は転入生で、まだこっちに来たばかりなんです」
「そう、なんです…か」
「はい。だから、友達とか欲しいなって思いまして」
「……へぇえ?」
「僕と、友達に……なってくれませんか?」
目が点になって何言ってるかわからないって感じだな。
「あ、いや……ダメならいいですよ。友達がダメなら、案内だけでも助かるかな……なんて。……はは」
いきなり過ぎたかな?
けど、他にどうしようもないしな。
「……わかりました。案内だけなら。……教務室でいいですか?」
「ありがとうございます」
「では、着いて来てください」
「はい!」
とりあえず案内はしてくれるみたいだ。
桜並木を抜け、校門を入り下駄箱で靴を履き替えて教務室までの道を教えて貰った。
教務室前に着くまで無言だったけれど、案内して貰っただけでも感謝するべきだよね。
「……ここです」
「ありがとう」
「どういたしまして」
礼儀正しい子なのかな。
案内をしてくれたお礼を言うと、律儀に返してくれた。
教務室の扉に手を掛けてから思った。
「名前」
「へ?」
「君の名前聞いてなかったなって思って。僕は時峰悠人。君は?」
「……綾未、麻瑠でしゅ」
「そっか」
突然の質問に戸惑ったのか、彼女、綾未さんは噛んでしまっていた。
頬が赤くなっているのがかわいらしい。
それを微笑ましく思い、僕は伝えた。
「これからよろしくね」
「あ、はい!」
僕は微笑んでから室内へと入った。
「失礼します」
職員室の中は静かだった。
大体はそうだとは思うが、なんだか堅いイメージが涌いてしまう感じだ。
「あら、あなたが時峰悠人君?」
「あ、はい」
少し緊張して固まっていると、優しそうな柔らかい印象の人が話し掛けて来た。
髪が長いのか、後ろで結んで前に持って来ておさげにしている。
近所のお姉さんって感じだ。
「よかったわ。迷ってなかったのね」
「あ、そうですね。案内してくれた人がいたので」
「それはいいことね」
微笑んで笑う優しい感じの笑顔は男心をくすぶって悪い気はしない。
「そうだ。私は福原真名。時峰君のクラスの副担任よ。よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
差し出した手を握って握手を交わす。
「ごめんなさいね。あいさつが遅れて」
「いえ、大丈夫です」
「あらあら、優しいのね。時峰君みたいな子の担任ができて嬉しく思うわ。副任なんだけどね」
そんな自虐みたいに言わなくても。
けど、褒められるのは単純に嬉しいかな。
「あれ、担任はいないんですか?」
「あー……気にしなくてもいいわよ。〝居ない者〟だから」
何その間は。
しかも〝居ない者〟って……。なんかのサスペンスものにありそうな。
「それってどういう……」
「いずれわかるわ。さて、教室に向かう準備しましょうか」
「あ、はい」
腑に落ちないが、ここは先生の指示に従おう。いずれわかるって言うし。気にすることでもないのだろう。
今はこの学校に馴染むことを考えよう。
馴染めなくてもそれなりに過ごせればいい。
目的は別にあるのだから。
「きゃんっ」
「……」
目を離した隙に、先生は何故か転んでいた。
どこか躓いたのだろうか
これはなんて言うんだっけ。ドジっ子?
「またやっちゃった……は!ごめんね。ちょっと机に躓いしまって。気を付けないとね」
膝下のタイトスカートがめくれて際どくなっているが、見ないようにしてさり気なく視線をずらす。
チラッと見えた太ももが綺麗で見惚れてしまったが、それは忘れられなさそうだ。
「さて、仕切り直して。案内するわね」
「は、はい」
なんだか少し不安になる光景だった。
職員室から出て、先頭に立つ福原先生の後ろに着きながら僕が所属するだろうクラス(まだ何組か聞かされてない)に向かう。
「ここよ」
止まった教室は賑わっていて、外からでも普通に中の声が聞こえる。
「さ、入りましょ」
僕は頷いて多少緊張感を持ちながらその教室へと入った。
「みんな、静かに!」
福原先生が一声掛けると、場に居る生徒達は静かになってこちらに視線を集めた。
「今日は転入生を紹介します。はい。では時峰君、お願いね」
先生の振りの早さに少し驚きながらも、軽く呼吸をして僕は自己紹介を試みた。
「時峰悠人です。まだ引っ越して来たばかりなので、ここら辺のことは良くわかりません。なので、教えてくれると嬉しいです。宜しくお願いします」
一礼をして、顔を上げると、拍手をクラスのみんながしてくれた。
……なんていい学校なのだろうか。
僕はそんな感動を覚えた。
この時はまだ知る由もなかった……強引な彼女に連れ込まれ、僕が生徒会という桃色空間のメンバーにされることを。