10
翌朝。ミレナとフォドの熱い説得に強い感銘を受けた僕は、彼らと共に『ウィーヌ草』を探しに北の森に踏み入った。ノルスが昨晩話していた通り、内部には一筋縄ではいかないような魔物達が暗がりにひしめいていた。比較的入口に近い場所からそれなりのモンスターに遭遇し始めたので、最深部ともなればかなり強力な敵が待ち構えているに違いない。
しかし、僕は前線で戦う三人の姿を少し後ろで眺めながら、しばらくは安心して戦いを見ていられるだろうという感想を抱いた。ミレナとフォドは昨日の食事のおかげで普段の力を取り戻しているし、ノルスも勇者の肩書きに恥じない活躍を見せていた。彼はミレナのような通常の剣を振るって戦っているのだが、その戦闘スタイルは彼女のそれとはかなり異なるようだ。ガンガン敵に接近して猛攻撃を行うのがミレナの戦い方なら、ノルスはむしろ敵から一歩退いた位置で構え、相手の攻撃を防ぎつつ隙を突いて斬りつけるという堅実な戦法を取っている。一見、正反対で相性が悪いように思えるが、これが上手い具合に噛み合っているのが不思議だった。敵の数が多数であれば、ノルスが大勢を引きつけている間に、速攻が得意なミレナとフォドが一体一体確実に敵を葬っていくし、逆に強力な魔物が相手の際は、二人に攪乱された相手の懐にノルスが飛び込んで会心の一撃を見舞う。彼ら三人は傍から見ても息がピッタリだった。
一方、戦闘の際は後ろでジッとしている僕の仕事とは。
「さっきの大熊は手強かったな。ポーションくれよ」
「はい、どうぞ」
「胞子にやられたみたいだ。麻痺を治療する薬は持ってるかい?」
「うん、あるよ」
「お腹減った。蜂蜜パン頂戴」
「普通のパンしかないけど、良い?」
「何よ、使えないわね」
――ただのアイテム係であった。
「……って、何なのさこの扱い」
想像と現実のギャップに堪えられなくなり、僕は地の底に届くかのような深い溜息をつかざるを得なかった。一瞬でも期待した方が馬鹿だったかもしれない。
「文句あるわけ?」
「いや、だってさ。僕にしか出来ない事があるって言うからさ。結構、格好いい役回りを貰えると思ったのに」
「格好いいわよ、アイテム係」
「絶対に誰かが担当しなくちゃならない大切な存在なんだぜ。荷物持つと動きが鈍くなるし」
フォローされているようで、全くされていない。
「僕の動きは鈍くなってもいいの? 戦闘力皆無なんだけど」
僕は騙された恨みのこもった視線をミレナとフォドに送る。二人はまるでその場を取り繕うような笑みを浮かべ、ドッサリと両手に道具を抱えている僕の背中を優しく叩いた。
「ほ、ほら。結構アンタすばしっこい所あるし」
「いざとなったらこの前みたいに敵の足下をこうスパーッと」
「スパーッとって何さ、スパーッとって」
ツッコミを入れながら、僕はフウと息を吐く。とにかく、もうここまで来てしまったのだ。今更、引き返す事なんて出来やしない。こうなったら、最後まで付き合うしかないだろう。
「そういえば、気になってたんだけど」
周りに注意しながら、木々の中を歩いていく道中。僕は後ろにいるノルスに話しかけた。アイテム係の僕が後方から襲撃を受けないよう、彼が殿を務めていたのだ。
「ん、何だい?」
「僕達と出会った時、どうして襲われてたの?」
「ああ、その事か」
彼は困ったように微笑みを浮かべ、肩を竦めた。
「前に旅をしていた時、沢山の悪事を暴いた事があってね。そのせいで、その筋の人達から執拗に追いかけられ続けてるんだ」
「それで、賞金がどうのこうのって言ってたわけか」
前を進んでいるフォドが会話に割り込んでくる。
「じゃあ、依頼主は大方、お前に恥かかされた盗賊のボスとか何だろ」
「まあ、そうだね。誰なのかは分からないけど」
「心当たりはないの?」
「そうだな……」
ノルスは首を捻りながら頬を掻き、
「ざっと、五十人くらいはいるかな。ハハハ」
「ご、五十!?」
思わず僕とフォドは同時に声を上げてしまう。どうやらかなりの逆恨みを買っているらしい。
「一応、勇者の端くれだからね。そういう事は見過ごしちゃいけないんだ」
「アンタがお人好し過ぎて、いろんな事に首を突っ込むからでしょ」
ミレナがこちらを振り向かず、黙々と前に歩き続けながら口に挟んでくる。
「うわっ、やっぱり手厳しい所は変わらないな」
「手厳しいって何よ。アンタのそういう所のせいで、アタシもだいぶ苦労したんだからね」
「はいはい、感謝してるよ」
「何か言葉が嘘っぽいんだけど」
「本当だって」
――凄い、軽く受け流してる。
ミレナの辛辣な言葉を受け、爽やかな態度を崩さずに対応しているノルスの姿に、僕は何故かひどく感銘を受けた。ただ、それと同時に小さな寂しさを抱いたのも、紛れもない事実だった。
――二人の心の距離が近いのを、何となく感じ取っていたから。
ただ、そんな事がどうして気になってしまうのかは、まだ自分でもよく分かってはいないのだけど。




