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 小屋を出ると、草の匂いがする穏やかな風が体を吹き抜けていく。空はすっかり夜に満ちていて、満点の星々が我こそはと輝きを競うように瞬いていた。先導するノルスの後に続き、僕達は村の中を歩いていく。


「あー、ゆうしゃさまだ」


「勇者様、こんばんは」


「あの子を頼みますね」


 道ですれ違う人々全員が、彼に対して何かしらの言葉を掛けていく。ノルスの彼らに対する対応も慣れたもので、どんな発言にも丁寧に返答していた。どうやら、勇者というのはどんな田舎でも特別な存在だと認識されるものらしい。


 僕達を連れて彼が訪れたのは普通の木製民家だった。ドアをノックすると、家の中を小走りにやってくる物音がした後、ゆっくりと扉が開いて大人の女性が姿を現した。外見から判断するに、年齢は恐らく三十才から四十才くらいだろう。女性は何となく元気が無さそうな様子だったが、訪れたのがノルスだと気づくと、


「勇者様ですか。こんばんは」


 と、少しぎこちないながらも微笑みを浮かべた。続いて、後ろに控えている僕達を眺め回す。


「あの、そちらの方々は……」


「ええっと、さっき自分が村に案内した」


「ああ、例の旧い友人さん達ですね」


「はい」


 どうやら、ミレナだけではなく僕達もまた昔からの友人という事になっているらしい。多分、その方が説明しやすかったのだろうし、敢えて訂正する必要も無いだろう。


「どうぞ、上がって下さい」


 彼女に促され、僕達は一礼して家に上がる。廊下を進み、僕達は居間と思しき場所に通され、丸テーブルに腰掛けた。


「夫は今、仕事で留守なんです」


 お盆から緑茶の入った湯呑みを各々の目の前に置きつつ、彼女は話す。内容から察するに、彼女は既に結婚しているらしい。


 全員に飲み物を配り終えた後、女性は空いていた椅子に座り、


「あの、勇者様」


 と、深刻な口調で切り出した。


「例の薬草は見つかりましたか?」


 ――例の薬草?


「いえ、残念ですがまだ……」


 ゆっくりと首を横に振るノルスに対し、彼女は俯きながら、


「そうですか」


 と、残念そうに告げる。落胆しているのは明らかだ。しかし、先ほどの会話に出てきた『例の薬草』とは一体何なのだろう。


「ちょっと、ノルス」


 すっかり沈んだ雰囲気に包まれた居間に、ミレナの場に似合わない声が響きわたる。


「アタシ、ていうか他の奴も全然話が分かってないと思うんだけど。説明してくれない?」


「ん、ああ。そうだね」


 彼女の質問を受け、奥さん、とノルスは未だ暗い表情を浮かべている女性に呼びかけた。


「娘さんにみんなを会わせてもよろしいでしょうか?」


 彼の問いかけに、女性は困惑したように瞬きをする。慌てて彼は言葉を付け足した。


「実は、彼らに薬草探しを手伝ってもらおうと考えているんです。それで」


「……ああ、そういう事でしたら」


 女性は席を立ち、


「どうぞ付いてきて下さい」


 と、再び僕達を廊下へ促す。彼女は玄関から見て居間より更に奥へと進み、突き当たりのドアを開いた。女性の後に続いて中に入ると、まず視界に入ったのは可愛らしいベッドに眠っている少女の姿だった。僕は一目見て、その子が普通の状態では無い事を悟った。年は僕達とさほど変わらないくらいようだが、首から上だけを見ても明らかに顔色が悪くやせ細っている。頬は骨が浮き上がってみえるし、元々は艶やかなのだろう黒髪はすっかり色褪せていた。


「あの、ちょっと失礼しますね」


 そう口にして、心配そうな表情をしたエリシアが少女の側に進み寄る。そして、自らの杖の先端を彼女の頭に向け、両目を瞑った。途端に、淡い光が少女の体を包み込む。今までの旅で沢山の者を快方に導いた、僧侶の治癒魔法だ。


 しかし。


「……駄目みたいです」


 首筋に大粒の汗をいくつも浮かべているエリシアは半ば放心状態で両目を開いた。かなりの時間を彼女は魔法に費やしていたのだが、それでも少女は目を覚まさないおろか、少しでも容態が良くなったような兆候も全く見られない。


「おい、どういう事だよ」


 フォドが真剣な口調でノルスに訊ねる。彼は視線を少女に向けたまま、ゆっくりと口を開いた。


「ゲルーテ、という植物を知っているかい?」


「はあ、何だそりゃ?」


 戸惑ったように首を傾けるフォド。程度の違いこそあれ、僕達はみな同じような感情を抱いていたに違いない。ノルスの語る説明に依れば、ゲルーテとは人の手が及ばないような深い森の奥に生息している魔力を秘めた植物で、その毒はごく一般的な僧侶の治癒魔法や市販の薬では決して解毒出来ないくらいに強力なのだそうだ。ただし、生息範囲が極めて限定的かつ普通の人間では遭遇する事も出来ない為、死者は極めて少ないのだという。そして、目の前に眠っている少女はそのゲルーテの毒を少量ながら体内に取り入れてしまった為にこのような状態になっているのだそうだ。


「でも、それってちょっとおかしくない?」


 ミレナが困惑の表情を浮かべながら自身の人差し指に髪を巻き付ける。


「ソイツ、強力な魔物が闊歩していそうな森の奥にいるんでしょ。この少女がそんな危険な場所に足を踏み入れられるなんて思えないけど」


「確かにその通りだ。だけど」


 ノルスはそこで一旦言葉を切り、息を整えてから苦々しい口調で告げる。




「ゲルーテには、ちょっと厄介な能力があるんだよ」

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