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「……え」
茫然自失とした様子で、ミレナはノルスを見つめる。
「倒した、ってどういう事よ」
「うーん、ここからも話せば長くなるんだけど」
腕組みと共に首を捻りつつ、彼は自らの物語を語り出した。
ミレナと別れたノルスは他に同行していた仲間達と共に、魔王が封印されている地へと向かった。そして、ついに目的の場所へ到着した一行は、そこで復活しかけている魔王との対面を果たす事になる。当初は歴代の勇者達に倣い、ノルス達は魔王が破ろうとしている封印を再び強固なものにしようとした。だが、この時ばかりは魔王が力を取り戻し過ぎていた。前任者の張っていた封印があまりに貧弱過ぎたのだ。そしてノルス達の努力虚しく、遂に自らを縛っていた封印を破り、魔王は強大な力と共に復活してしまった。
勿論、魔王をそのまま放置しておけば、この世界に危機が訪れる事は明白だった。勇者ノルスと仲間達は、決死の思いで強大な敵との死闘を繰り広げた。長く激闘は続き、一人また一人と仲間が倒れていく中で、最後まで残っていたノルスは何とか魔王を倒し、この世界の平和を守る事に成功したのだった。魔王の存在は完全に消滅し、目的を果たしたノルス達はそれぞれの帰路についた。
僕達の旅が始まる、ほんの数ヶ月前の出来事である。
「まさか、そんなヤバい事が起こってたなんて、全然知らなかったぜ」
「私もです。何だか曇り空が長く続いてたような気はしてましたけど」
フォドとエリシアがそれぞれ驚いた調子で口を開く。すっかり全員が彼の話す物語に聞き入ってしまっていて、手元の料理に手をつける事を止めていた。彼らの言葉に、ノルスは肩を竦めて微笑みを浮かべる。
「無理もないよ。魔王が復活しかけてるなんて、民衆に発表したら大混乱になっちゃうからね。これらの事は全て、国王の指示で内密にされていたんだ」
「ミレナも知ってたの?」
僕の質問に、まあね、と彼女は軽く頷いた。
「かたく口止めされてたから、言えなかったんだけど」
――やっぱり、そうだったんだ。
少し前、心中に思いついてしまった事は恐らく真実だと思った瞬間、またもや僕の胸に理由の分からない痛みが走った。彼女はなおも言葉を続ける。
「まあ、アンタが魔王を倒せたのは良かったとして、そっからどんな事があったのよ」
「そうだな、あれは僕が故郷に帰ってから……」
ミレナに促され、ノルスは再び喋り始める。メリスティア王に魔王討伐の報告をした後、彼はいったん自分の村へ戻り、次の旅までの休養を取っていた。しかし、いきなり国王の使者が現れると、驚くべき事実を彼に伝えた。ここ最近、王国の各地で強力な魔物が出没しているというのだ。聞く所によると、国の外部でもそういった事例に関する報告が多発しているらしい。使者と共に王都へと向かったノルスは、謁見した王からこの事態に関する調査を依頼された。そして、彼はまず王国周辺の村々を巡り、この件に関する情報を集めようと考えたのだった。
――これで色々な事が繋がった。
僕は心の中で呟く。土地の気候からして不自然だった氷の魔物、突如村に現れた魔物、竜の子を襲った魔物。一連の事件は全て、ノルスの魔王討伐が発端となって起こっているように思える。無論、推測の域を出ないのだけれど。
「何か正直、腑に落ちない話ね」
ミレナは自らの髪を弄びながら困惑に頭を傾ける。
「アンタ、本当に魔王を倒したの?」
「いや、倒したのは間違いないよ。ただ……」
と、彼は言葉を濁し、
「ちょっと、最後の言葉が気になるんだ」
「何て言ったのよ」
彼女に尋ねられ、ノルスは少し躊躇っていたが、やがて口を開く。
「『勇者よ、我はお前の活躍でこの世から消え去る。だが、お前はやがてその事を後悔する羽目になるだろう』みたいな事を言ってたな」
「……それって、典型的な負け惜しみの台詞じゃない?」
「俺も多分、そう思うんだ。けど……」
それからしばらくは会話が途絶えた。恐らく、僕も含めた各々がこの事件に関して脳内で色々と考えを巡らせていたのだろう。
「じゃあ、話は変わるけどよ。お前って結局、あの林で魔物に関する情報ってのを集めてたのか?」
「いや、違うんだ」
沈黙を破ったフォドの質問に、彼は軽く首を振り、
「実はその件で、君達にちょっと手伝ってほしい事があって」
と、僕達を見回す。
「手伝い、ですか?」
「まさか」
訝しげにノルスをじろじろと見つめるミレナ。
「その魔物事件の調査をアタシ達に手伝えって言うんじゃないでしょうね。最初に言っておくけど、今のアタシ達はエリシアの依頼で王都までの護衛を引き受けてるの。だからそんな暇は」
「勿論、それは知ってるよ」
ミレナの矢継ぎ早な発言を、ノルスは苦笑を浮かべてやんわりと遮る。しかし、次の瞬間、彼は真剣みを帯びた表情で、
「でも、この件には人の命が懸かっているんだ」
と、少しだけ語気を強めて言った。
「人の命……ですか?」
エリシアの問いかけに、ノルスは重々しく頷く。そして、
「実際に見てもらった方が分かりやすいかな」
と独り言のように呟くと、おもむろに席から立ち上がり、小屋の扉の側まで歩いていき、僕達の方を振り向いた。
「ちょっと、ついて来てくれないか」




