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あれから。林の中で運良くノルスと出会った僕達は、彼のおかげで日没前に村へと到着する事が出来た。その場所の名は『クレサ村』といい、四方八方を大自然に囲まれる穏やかな立地にあった。
村に足を踏み入れてすぐ、僕達は彼に案内されて村の長老の家へと向かった。腰の曲がった白髪の老人は温厚な性格をしていて、ノルスから僕達が空腹な事を聞かされるなり、即座に食事の用意を付き人に指示していた。僕達の食料問題に関しても快く協力を約束してもらえたが、流石にそれ相応の代金は頂くとの事だった。
村長との面会の後、僕達はノルスが使わせて頂いているという家屋に移動して、数日ぶりのまともな食事を今か今かと待ち受けた。村人の女性がまず最初にどうぞと苺ジャムの載ったパンを運んできた際、ミレナとフォドは食前の挨拶も行わずにそれらを素早く口で運んだ。僕とノルスは軽く手を合わせただけだったが、エリシアだけはお腹をグウグウと鳴らしながらも神へ感謝の言葉を捧げていた。
空腹の僕達への気遣いがこもった前菜をすっかり平らげた後、しばらくして本命の料理が運ばれてきた。周りを自然に囲まれている事もあって、皿や鍋の中には色とりどりの見た目にも鮮やかな野菜の数々がふんだんに盛られていて、味もまた格別だった。ここ数日の食事が貧相であった事も、ここの料理が尚更美味に感じられるスパイスになっていただろう。食事を始めてしばらくは、各々が食器をカチャカチャと動かす物音が辺りを支配してしまっていた。
「そういえばさ」
料理がひと段落したところで、僕は口を開いた。ずっと心の中に抱えていた疑問があったのだ。
「みんなが言ってる『勇者』とか『魔王』って一体何なの?」
「え、お前知らねえの……って、ああ」
最初は驚いたように僕を凝視していたフォドだったが、やがて何かを思い出したように手元のスプーンで空になった皿を叩いた。
「そういえばお前、記憶が無いんだったっけ?」
「ちょっと、品がないわよ。そういう行動」
彼の食器を見つめながら、ミレナが眉を顰める。一方、彼は意地悪い笑みを浮かべて、
「華がない女には言われたくねえぜ、そういう事」
と、言い返した。途端に彼女の顔つきがムッとした表情になる。
「まあまあ、そう喧嘩しないでくれよ」
いつものように険悪な雰囲気になりかけた場を、ノルスは両手を使って仲裁した。当の二人は何か言いたげにいったんは口を開いたものの、結局は口にしないまま終わった。それを見届けた後、彼は僕に向き直って言葉を続ける。
「そうだな……ミレナに聞かれていた質問の事もあるし、俺から話すよ」
まず、何から話せばいいのかな。ノルスはそう呟いてしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「まず勇者っていうのは、『かつて魔王を初めとした人に仇なす数々の敵を封印した男の血筋を受け継いだ者』の事を指すんだ。そして俺もその家系の一人なんだよ」
彼の言葉によれば、他にも勇者と呼ばれる資格のある人間は少ないながら存在するらしい。ただ、そのほとんどがごく普通の仕事に就いて家庭を営んでいたりする為、実際に勇者として活動する者の数は少ないのだそうだ。そして、勇者の役目は『世界を巡りながら困っている民衆の手助けをしたり、復活しかけている者達を再度封印する事』らしい。
「そして、勇者として旅立つ年齢に達した俺は旅に出た。そして魔王の封印が解けかかっている事をメリスティア王から聞かされ、その地へ向かおうとする道中でミレナに出会ったんだ」
「まあ途中までは同行したけど、しばらくして別れたけどね」
「どうして別れたんですか?」
「アタシが目指している所と、魔王が封印されている場所の方向が違ったのよ」
エリシアの素朴な質問に、ミレナは素っ気なく答え、スプーンで手元のスープをすくって一気に飲んだ。
「勇者ってのは大体分かったけど……それじゃあ魔王って?」
「『魔王』っていうのは、ハッキリ言えば俺もよく分かってはいないんだ」
ノルスは髪を軽く掻きながら肩を竦める。
「ただ、俺が知っている限りの知識だと……魔王は魔物に強い影響力を与えられる存在で、奴は彼らを軍として纏めあげるだけの統率力と魔力を兼ね備えていたらしい」
「そう! それよ!」
いきなりミレナが叫びながらテーブルをバンと叩き、ノルスをいきなり指で指し示した。あまりの突然な動作に、全員の目が点になる。自らが注目の的になっている事すら意に介していない様子で、ミレナは一気にまくし立てた。
「最近になって変に強力な魔物に襲われたり、そういう話を聞きまくってるんだけど! アンタの魔王退治はどうなってんのよ! 失敗したわけ!?」
――そうか!
彼女の言葉に、僕はハッと気づかされた。そして同時に、前にグランドドラゴンが話していた事も理解出来るようになった。もし本当に魔王が怪物に力を与えられる存在であるとするなら、場違いな場所でアイスベアーと遭遇した事や、エリシアの故郷に出没している魔物の事、それにグランドドラゴンの子供を襲ったモンスターの事、それら全てに納得のいく説明がつく。
「そう、俺も実はその事を話したかったんだけど……」
やけに歯切れの悪い調子で話す彼に対し、ミレナはテーブル越しに身を乗り出して彼に詰め寄った。
「ハッキリ答えなさいよ! 封印したの!? 出来なかったの!?」
彼女の叫びに対し、穏やかな表情を浮かべていたノルスは深呼吸した後、ゆっくりと僕達に衝撃の事実を告げた。
「俺、実は魔王を倒したんだ」




