5
「助かったよ、じゃないわよ」
ミレナは後頭部に怒りマークを付けているかの如く、ドカドカと少年に歩み寄る。
「何でまたアンタ、こんな所にいるわけ!?」
「いや、まあ。これには深い訳があってさ」
アハハ、と爽やかな笑い声を上げる彼――ノルス。そのほっそりとしながらも無駄のない筋肉がついている体つきと、幼さを残しつつ凛々しく整った顔立ちは、まるでどこかの名声溢れる王子のようであった。背丈は青年男子の標準と同等か少し高いくらいで、適度に切りそろえられている金髪はこれでもかと言わんばかりに煌めいている。服装は至って庶民的だが、その背中に纏っている艶やかな真紅のマントが、その風貌にささやかな高潔感と気品を与えていた。フォドのぼろっちい傷だらけの黒いマントとはえらい違いである。
「ところで」
と、ノルスは自身に噛みつくかと言わんばかりの勢いで口をガミガミと動かしているミレナを軽くスルーし、フォドに近づくとその白い手を差し出した。勿論、あの眩しい太陽のようなスマイル付きで。
「君にも随分と助けられたよ、ありがとう」
「お、おう」
フォドはその輝かんばかりの笑顔にちょっと引き気味の様子であったが、握手にはぎこちなくも応じていた。
「しかし、まあ」
ノルスは隠れていた僕達に視線を向けながら、
「随分、旅の連れが増えてるね」
と、呆気に取られた様子で呟く。
「一人旅の方が気楽だって言ってなかったっけ?」
「こ、これは成り行きみたいなもんよ」
憮然とした様子で、腕組みをしたミレナがフンと鼻を鳴らす。
「あ、あの」
エリシアがおずおずといった調子で不機嫌街道まっしぐらの彼女に話しかける。
「もしかして、ミレナさんのお知り合いなんですか?」
「知らないわよ! こんなスカポンタン!」
「ハハ、そんなに邪険にしなくたっていいじゃないか」
頬を膨らませてそっぽを向く彼女に対し、彼は穏やかな苦笑を浮かべる。
「彼女とは昔、一緒に旅した事があるんだ。あ、そういえばまだ名乗ってなかったっけ」
と、少年は少しかしこまった様子で身を引き締めると、照れくさそうに顔を少々赤らめながら言った。
「初めまして。俺の名はノルス。一応、勇者の端くれさ」
「……なるほど、それは大変だったね」
あれから。軽い自己紹介をかわした後、ミレナはノルスに僕達がここまでやってきた理由を説明した。彼は途中で口を挟む事なく、ミレナが喋り終えるまでずっと彼女の声に黙って耳を傾けていた。渋い表情でうんうんと頷きながら言葉を発した彼だったが、すぐにその顔つきをパアッと明るくさせて、
「でも、それならここで俺と会えた事は幸運かもしれないね」
と、おもむろに告げた。それを受け、エリシアが首を傾げて訊ねる。
「どういう事ですか?」
「俺って今、その話に出てきた村に滞在してるんだ。だから、今すぐにでも君達をそこへ案内出来るよ」
「飯は出るのか!?」
彼の提案に涎を滴らせたフォドが真っ先に食らいつく。ノルスは微笑をたたえたまま軽く頷く。
「ああ。あそこの人達はとても親切だよ。それに、料理も凄く美味しいんだ。きっと気に入ると思うね」
――親切な村、美味しい料理。
彼の言葉を耳にした途端、僕の心に嫌な思い出が再生され始めた。
「よし、すぐに連れていってくれよ!」
意気揚々と手を振り上げながら歩きだそうとしたフォドは、こちらを振り返って眉を潜めながら足を止めた。
「おい、お前らどうしたんだよ」
「うん、ちょっと思い出して……」
僕は彼に言葉を返しながら、同じく表情に陰りを見せているエリシアと見つめ合う。それを見て、ノルスもまた困惑したようで、
「どうしたんだい?」
と、不思議そうな疑問の声を投げかけてきた。
「いや、その」
「そこって、食事に薬混ぜられたりしませんよね?」
「へ?」
彼は最初、意味が分からないとばかりに両目をパチクリさせていたが、しばらくして理解したと言うように手をポンと叩いた。
「ああ、その少し前に訪れたとかいう村の話だね。それなら心配いらないよ。僕は結構長い間あそこにお世話になっているけど、不審な光景とか見た事がないね」
「コイツ、結構なお人好しだからアテにならないのよね」
ミレナが肩を竦めながら溜息を吐く。
「でも、ま。取りあえず連れていってもらいましょ。最初っからその予定だったしね」
それより、と彼女は険しい目つきでノルスに詰め寄り、彼は慌てて上半身を仰け反らせた。
「ちょ、ちょっと。一体何だよ」
「アタシの質問にまだ、答えてないわよね」
「質問?」
「そう!」
彼女は声を荒げて、
「アンタがどうしてここにいるのかって事! 魔王退治とか何やらはどうしたのよ!」
――魔王。
その言葉は以前にも耳にした。ロルダ山脈でグランドドラゴンと交わした会話が、僕の脳裏に再生される。そういえば、あの時ミレナがみせていたおかしな態度が、ずっと引っかかっていた。
――もしかして?
「あ、ああ。そういやそうだったね」
胸にふっと湧いた考えが何故か心を大きく抉っているような気がして、僕自身が驚いたのだが、そんな僕の気持ちを知る事もなく、ノルスは爽やかな表情を崩さずに口を開いた。
「でも、説明するとちょっと長くなるから。まずは村に案内するよ。話はそれからにしよう」




