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――勇者?
ボスの口から何だか大層な言葉が飛び出してきたので、僕は困惑してしまった。その一方、ミレナは血相を変えて、
「……さっきの声、そうよ。なら……やっぱりアイツ?」
と、半ば呆然として呟いている。
「おい、アイツって誰だよ」
独り言を聞きつけた様子のフォドが訝しげに尋ねるも、彼女はすぐには返事をしなかった。そして、
「ゴメン、アンタ達はついて来なくて良いから!」
とだけ告げ、返答も待たず飛び出していった。突然の事に、僕達は慌てふためく。ミレナの変わりように、僕は混乱せざるを得なかった。先ほどまではあんなに慎重だったのに、この変貌ぶりはあまりに不自然だ。
「あの馬鹿!」
フォドは苛つき気味に舌打ちをしつつ、
「お前らはそこで待ってろ! 絶対に動くなよ!」
とだけ言い残し、すぐに彼女の後を追い始める。
「えっと、どうしましょう?」
アタフタした表情で僕に問いかけてくるエリシア。僕は少し考えた後、
「とにかくここに待機してよう」
とだけ告げた。僕らまで前に出るのは危険だと、それだけは何となく分かっていたからだ。ただ、状況を把握しておいた方が良いと思ったので、植物の陰から様子を伺う事は続ける事にした。
「何だ、お前らは!」
急に現れた女剣士と男盗賊に対し、男達が動揺の声を上げ始める。しかし、彼らの言葉には耳も貸さず、ミレナは叫んだ。
「ノルス! ノルスでしょ!」
切羽詰まった、それでいて少なくない喜びのこもった響きを耳にして、何故か僕の胸はキリキリと締め付けられるような感覚に襲われてしまう。
――何だろう、この感じ。
「……え」
しばらく後、彼女からノルスと呼ばれた少年の戸惑ったような声が聞こえてきた。
「もしかして、ミレナか?」
「もしかしなくてもそうよ!」
この時には、ミレナは既にいつもの突っ慳貪な性格を取り戻していた。彼女は少年に向かって威圧するような口調で、
「アンタ、こんな所で何してんの!」
と、まるで僕に対するような言動を取る。それを受け、
「ハハハ、そういう所、全然変わってないんだね」
と、少年はまるで戦いの最中だという事を忘れているかのように、楽しそうな笑い声を上げた。
「ちょっと、質問に答えなさいよ!」
「見ての通りだよ。ちょっと、厄介事に巻き込まれたみたいでさ。ところでそっちの」
「……ほう」
ミレナが現れてから無言を貫いていたボスが、事態を飲み込んだというように重々しく口を開いた。
「どうやら、勇者の頼もしい味方が助太刀に来た、という事らしいな」
「いや、俺は全く関係ないけど」
フォドがさりげない突っ込みを入れるが、ボスは全く意に介さず言葉を続ける。
「だが、たかが小僧と小娘が加わった所で、この人数相手に叶うわけがない」
男は一旦間を置いて、勢いよく叫び声を上げた。
「野郎ども、かかれ!」
それから、長時間に及ぶ激闘が始まった。ボスの大男が言っていた通り、ミレナ達は序盤、敵の数に押されて苦戦を強いられていた。だが、個人の実力はこちらの方が上だったようで、次第に彼ら三人はその劣勢を覆していく。
女子とはいっても修行中の剣士であるミレナは、そのキレのある動きで何人もの屈強な男達を相手に大立ち回りを演じていた。
フォドは自慢の俊敏さで敵の攻撃から軽々と身をかわしつつ、隙をついて短剣の束で相手の鳩尾を突くというヒットアンドアウェイ戦法を取り、確実に一人ずつ無力化していった。
ノルスと呼ばれた少年もまた相当な実力の持ち主のようで、僕の視界から外れた場所で奮戦していたようだ。ずっと単独で戦い続けていたのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。
そして、僕とエリシアの二人は敵に発見されないように息を潜めつつ、じっと様子を伺って戦闘が終わるのを待ち続けていたのだった。
最初は余裕の笑みを浮かべていた襲撃者達だったが、一人また一人と同胞がやられていくにつれ、その態度はだんだんと崩れていく。やがてその半数近くが地に伏した頃、
「ちっ! お前ら引き上げるぞ!」
というボスの言葉がしたかと思うと、彼らは素早い動きで気絶した仲間を抱え、どこかへと全速力で去っていった。
「ほんっと、アイツらみたいな連中って逃げ足だけは一流なんだよな」
呆れたようにフォドが一人呟いた後、
「おーい、もう隠れなくていいぞ」
と、僕達が隠れている茂みに振り向きながら話しかけてくる。僕とエリシアは一旦顔を見合わせた後、おずおずと地面から立ち上がった。長い間身を屈めていたせいで、体が妙に不自然な凝り方をしている。自然と僕と彼女は同時に背伸びをしていた。おもいっきり両手を空へ掲げながら、僕は辺りを見回す。地面にも蔓延っている草木にも返り血の跡がほとんど見られない。どうやら三人は相手を殺さないように加減して戦っていたようだ。僕はミレナやフォドの強さを改めて見せつけられたような気分に陥った。
そして。
「ミレナ、さっきはありがとう。助かったよ」
僕は『勇者』の姿を、ようやく目の当たりにした。




