2
翌日。僕達は地図に示されている村へと向かう為、王都に最短で移動出来る道から少し外れたルートを進んでいた。どうやらその村は自然に囲まれていて、そこに辿り着くまでには小さな林を通り抜けなければならないらしい。僕達は沢山の木々や平原のそれとは全く別物の植物達の間を通り抜けつつ、魔物に襲われないよう周囲を警戒しながら歩き続ける。とは言っても、ここは比較的平穏な場所らしく、可愛らしい小動物や艶やかな花弁を見かける機会の方ばかりで、魔物の姿は全く見受けられない。
「何だか、こうして歩いていると私の村を思い出します」
道端に咲き誇っている桃色の花をうっとりと眺めながら、エリシアが独り言のように呟いた。そういえば、彼女の村も豊かな自然溢れる所だと聞いていた。だからこの情景に遙か遠い故郷のそれを連想しているのだろう。
「何だか、のどかな所だね」
目の前を横切った蝶々を眺めながら、僕は口を開いた。ミレナとフォドは僕達の前を歩いている。モンスターが出没しそうな所では、まず戦い慣れた二人が先を行くのが暗黙の了解となっていた。なので、こういった場所を進むとき、僕はよくエリシアと隣り合わせになる。
「敵もいないし。散歩にはもってこいかも」
僕の呟きに、エリシアはフフッと笑って、
「そうですね、私もよくこういう所を歩いてましたよ。野草取りのついでですけど」
静かなところって落ち着くんですよね、と彼女は自然の囁きに聞き入るかの如く両目を瞑る。何となく真似したくなって、僕も彼女の後に続いて目を閉じた。耳に届くのは小鳥達の羽ばたきや獣のや虫の鳴き声、そして風の揺らめく葉っぱの音。おぞましい怪物の叫び声なんてものは全く聞こえてこない。少し前まで屈強な魔物が潜む山脈を歩き続けていたので、尚更この林が放っている安らかな雰囲気が心地よく感じられた。
だからこそ、この場に似合わない鼓膜をつんざくような金属音が響きわたった時、僕は思わず普段以上に飛び上がってしまったのである。
「ねえ、今の音は」
何だろ。そう訊ねようとしたところをミレナの手に押し留められ、僕は慌てて口をつぐむ。どうやら、迂闊に喋るなという事らしい。いつでも鞘から剣を抜けるという風に腰を屈めている彼女の顔つきには明らかな警戒心が表れていた。ふと視線をやると、フォドは音もなく自らの短剣を既に握りしめていたし、エリシアは固唾を飲んで自らの杖をかき抱いている。
「おい、聞いたか」
僕達の周囲にしか聞こえないようなヒソヒソ声で、しきりに辺りを見回しているフォドが口を開いた。
「当たり前でしょ」
ミレナは同じく細い声で返答し、用心深く前を凝視している。次の瞬間、再び甲高い反響音が周囲に木霊した。すぐにフォドは反応し、
「こっちから聞こえてきたな」
と、僕達の前方から少し右にずれた場所を指し示した。
「どうする? 行ってみるか?」
「行ってみるって」
僕は心配から口を開く。勿論、必要以上の声量を出さないよう、心がけながらだ。
「今のって、絶対戦ってる音だったよ。近づいたら危ないんじゃ……」
「けど、もしかしたら襲われてるのはただの旅人かもしれないんだぜ」
「それに、このまま放置しておくのは危険よ」
ミレナは冷静な声で、
「後でアタシ達まで襲われる羽目になるかもしれない。せめて様子だけでも探っておくべきだわ」
ただ、と彼女は僕とエリシアを交互に見渡し、
「でも、アンタ達は無理に来る必要もないわ。取りあえずアタシが先行して」
「いえ、私も行きます」
ミレナの言葉を遮るように、エリシアが口を開く。彼女は自らにも言い聞かせるようにして告げる。
「怪我をしている方がいるかもしれませんし、その時は私の力が役に立つと思いますから」
それを受け、ミレナは軽く頷くと、
「じゃ、アンタはどうする?」
と、僕に訊ねてきた。すぐに返事が出来ず、僕は考え込む。正直な気持ちを言えば、必ず足手まといになるだろうし、なるべく戦いの現場には居合わせたくないのだが、エリシアも行くとなれば一人ここで帰りを待つわけにもいかない。武器を振るえなくても、いざという時に戦えない彼女を庇う事くらいは出来る筈だ。決心が固まった後、僕は彼女に告げる。
「僕もついていくよ」
僕の言葉を聞いて、ミレナは真剣な表情のまま首を縦に振った。
「分かったわ。単独行動もマズいしね」
「じゃ、結局は全員って事だな」
フォドが確認を取るように小さく声を上げ、
「でも、危なくなったら俺とコイツに任せてどっかに隠れろよ」
と、非戦闘要員である僕とエリシアに念を押すように言う。拒否する理由はなく、僕達は即座に頷いた。そして、ミレナとフォドの二人が再び注意深く歩き始め、僕とエリシアはその後に続く。未だ戦闘の音が止む事はなく、驚いたらしい小鳥達の群が、慌てて周囲の木々から飛び立つのが僕の視界に映った。
こうして、僕達は林の奥で繰り広げられている戦いの場所へと向かったのである。




