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「なあ、アンタはこれからどうするんだ?」


 自らの山へ帰っていく竜の親子達を見送った後、フォドがメノに話しかけた。


「うち? うちはまた別の材料を探しに行くのじゃ」


 レア物ばかりでまだ全然足らんのでの、と彼女は屈託ない笑顔を浮かべる。


 ――貴重な材料がまだいるんだ。グランドドラゴンの一枚だけでもあんなに苦労したのに……。


 彼女がこれから続ける作業の事を思うと、僕は気が滅入りそうになった。


「あの」


 おもむろにエリシアが口を開く。


「私達は王都に向かいますけど、良かったら途中まで一緒に行きませんか?」


「うーん……全く方向が違うのでの」


 彼女は一瞬だけ陰りのある表情を見せるも、すぐにパアッといつもの笑みを浮かべ、


「だから、ここでお別れじゃ」


 と、普段のような明るい声で告げた。


「そうなんだ……寂しくなるね」


 道中、幼く見える彼女には振り回される場面も多々あったが、その賑やかさが心地よかったのも事実だ。いざ別れの時が来ると一抹の寂しさを感じずにはいられない。エリシアもまた同じ気持ちのようで、


「そうですか……残念です」


 と沈んだ顔つきになる。


「そんなに暗くなるでない。生きて旅をしていれば、また会う事もあるじゃろ。その時は」


 メノはイタズラっぽいウインクをした。


「うちの薬を、たんまりと買ってもらうからの」


 彼女の励ましを受け、エリシアも笑顔を取り戻して小さく頷く。


「……はい、分かりました」


「うむ。それじゃ、また会う日までしばしお別れじゃ」


 メノは僕達に手を振り、歩きだそうとした。


 その時である。




「ちょーっと待ったあ!」




 それまで沈黙を保っていたミレナが、大声で叫びつつメノを指し示した。いきなりの事に、僕は慌てて見送りを止め、彼女に視線を移す。メノも飛び上がりながら振り向き、


「な、なんじゃ。いきなり騒々しくなりおって……もしや」


 と、何かを思いついたようにニヤリと口元を歪める。


「うちと別れるのがそんなに辛いかの?」


「そんなんじゃないわよ!」


 ミレナは険しい顔つきでメノに詰め寄りながら、


「アンタ、まだアタシ達に報酬払ってないじゃない!」


 ――あっ。


 僕は彼女の言葉を聞いて、思わず心の中で呟いた。エリシアも同じく依頼の事を忘れていたらしく、ハッとした顔つきになる。ただ、フォドだけはミレナ同様に覚え続けていたらしく、


「そうだな、俺もそれがずっと気になってた」


 と、彼女に負けず劣らずの真剣な面持ちで頷いた。流石、お金には厳しいお二人である。一方、


「ああ、そういえばそうだったの」


 と、メノはあっけんからんとした様子だった。


「分かってるなら話は早いわね。じゃ、約束の百万ゴールド」


 手を突き出して催促するミレナに対し、メノは何やら思わせぶりの微笑をたたえて首を横に振った。


「残念じゃが、金は渡せん」


「はぁ!?」


 フォドが目をまん丸にして大声を上げる。


「おい! 約束が違うじゃねえか」


「そうよ!」


 彼の怒気を含んだ言葉に、ミレナも同調するようにして声を荒げる。彼らの抗議に対し、メノは臆する様子もなく、チッチと人差し指を振りながら、


「うちは何も嘘は言っておらん。うちが言った事をもう一度思い返してみるのじゃ」


 ――思い返す?


 僕はメノの言葉を訝しく思いながらも、彼女と依頼に関して話した時の記憶を脳内から手繰り寄せる。




『勿論、タダという訳じゃないのじゃ。グランドドラゴンを倒してくれたら、それ相応のお礼をくれてやるわい』




「あっ……」


 そして、気づいた。ぼくの表情を眺めて、メノは満足げにニヤケる。


「どうやら、お主は気づいたようじゃの」


「ちょっと、どういう事よ」


「え、えと」


 殺気だったミレナに問い詰められ、僕は彼女を必要以上に刺激しないよう、言葉を選びながら説明した。


「メノさんと僕達がしたのは、『グランドドラゴンを倒せば百万ゴールド貰える』っていう約束で……」


「そうよ、だから」


「僕達、倒してないじゃんか」


「え?」




「グランドドラゴン、倒してないよ」




 カチン。しばらくしてそんな擬音が聞こえたかと思うと、ミレナは口をあんぐりと開いたまま固まってしまっていた。ふと視線を向けると、フォドもほぼ同じようなポーズで硬直してしまっている。


「ハハハ、まあこれも年の功のなせる技じゃ。お主達には良い経験になったじゃろ」


 衝撃に立ち尽くす二人の姿を見ておかしそうに笑いながら、メノはごそごそと自分の荷物を漁り始め、


「でもまあ、色々と世話になったのは事実じゃ」


 と、何かを僕に向かって放り投げる。慌ててそれを掴んだ僕は、仰天した。彼女が僕に投げて寄越したのは札束だった。百万ゴールドには遙かに及ばないものの、それなりの額である事には間違いない。


「ほんの心ばかりのお礼じゃ。それじゃ、またいつかの」


 陽気に手を振りながら、メノは去っていく。その小さな後ろ姿を、僕とエリシアは半ば呆然として見送った。ミレナとフォドはショックで凍ったままだった。


「何だか、不思議な人でしたね……」


 その黒いフードが見えなくなった後、エリシアが感慨深げに口を開いた。


「そうだね」


 僕は彼女に同意の言葉を返しながら、肩を落とす。最初は子供っぽい人だと思っていたが、どうやら人は外見で判断してはいけないらしい。


「でも、取りあえず山脈は越えましたし」


 気を取り直すように、彼女は明るい口調で、


「これからは平地の、普通の旅になりますね」


「そうだね。荷物運ぶのも楽になるし……アレ?」


 この時、僕は何故か違和感を覚えた。


 ――何か、足りないような……。


「どうしたんですか?」


 僕の様子がおかしい事に気づいたのか、エリシアが小首を傾げて僕の顔を覗き込んでくる。


「いや、何かが引っかかって……あ」




 そして、僕は再び気づいたのだ。それも、依頼の内容云々よりいっそう重大なある事実に。




「……僕達の荷物、置いてきちゃった」




 ――どうやら、一難去ってまた一難らしい。 

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