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「魔物に、じゃと?」


 グランドドラゴンの言葉に、メノが困惑したように首を傾げる。


「それは意外じゃの。お主ら竜はそこらの魔物と比較にならないくらいの力を秘めていると聞いていたのじゃが」


「確かにその通りだ。だが……」


 と、巨竜は夜空を見上げながら語り始める。その話によると、ここ最近になってロルダ山脈に生息している魔物達の行動が活発になってきているらしい。中には魔力を帯びて強力に進化した魔物も現れ始めたようで、子竜があれだけの怪我を負ったのは、そういった類の魔物が天井の裂け目から侵入してきた為だそうだ。彼は追い払おうとしたらしいのだが、敵は屈強な大人の竜は倒しにくいと判断したらしく、それで子竜が標的とされたらしい。その強力な魔物を撃退する事には成功したのだが、自身の鈍重さが祟って、子供への攻撃を防ぎきる事は出来なかったのだと、巨竜は苦虫を噛み潰したような表情で告げた。よっぽど、我が子を守りきれなかったのが悔しかったのだろう。


「そういえば……」


 と、ミレナが何かを思い出したように僕に視線を投げかけてきた。


「私達も前にダンジョンで見かけたわよね」


 すぐにピンときた僕は、彼女に同意の頷きを返す。


「氷の力を使ってた熊の事だね」


「そうそう、ソイツ」


「私の村でも」


 と、今度はエリシアが不安そうに口を開いた。


「最近になって、魔物が狂暴化していました」


 そして最後に、フォドが訳知り顔でうんうんとしきりに頷いて、重々しく告げる。


「俺もついこの間、凄く凶暴な女と出くわしたぜ。しかも金にがめつくて礼儀知らずで」


 ドガッ、という強烈な打撃音がして、ふと気がつくとフォドが地面にめり込んで気絶していた。その頭上ではピヨピヨと鳴く黄色いヒヨコ達の群れが楽しそうに走り回っている。その隣ではいかにも関係なさそうな顔をしたミレナが鼻歌を歌っていた。関わると面倒だし、あんまり気にしないでおこう。


 とにかくこれらの話を受けて、僕は一つの疑問を口に出さざるを得なかった。


「何だか、おかしいよね。どうして、こうも色々な場所で、強力な魔物が出現してるんだろう」


「正直なところ、偶然とは思えん」


 物思いに耽っている様子の巨竜がポツリと呟く。


「もしかすると、魔王が何か関係しているのかもしれんな」


「魔王?」


 急に飛び出してきた初耳の言葉に、僕は自然と首を傾げる。だが、僕以外の反応は明らかにおかしかった。エリシアはハッとして口を両手で覆い、いつの間にか立ち上がっていたフォドも深刻そうな顔つきになり、メノはヒィッと小さな悲鳴を上げて飛び上がっていた。


 そして、中でも一番特異な反応を示していたのがミレナだった。これほどまでに狼狽した彼女を、僕は今まで見た事が無かった。それはまるで何かを失う事を恐れているような、そんな表情だった。


「ちょっと!」


 自分よりも遙かに体格の大きい相手に対し、ミレナは全く物怖じせずに叫ぶ。


「アンタ、魔王がどうなったか知ってる!?」


 彼女の質問に、巨竜は怪訝そうに眉をひそめたが、やがて首をゆっくりと横に振る。


「いいや。儂はもう外の世界には干渉しないと決めておる。だから、奴がどうなっているかは知らんよ」


「……そう」


 相手の言葉に、ミレナは目に見えてガックリと肩を落とす。そして、それ以上は何も言わずに唇を噛みしめていた。明らかにおかしい彼女の様子に、僕は内心困惑する。一体どうして、彼女はその『魔王』とやらの事をそんなに気にしているのだろうか。


 グランドドラゴンもその事を訝しく思っていた様子で、何やら探るような目をミレナに向けていたが、やがて視線を外し、


「そういえば」


 と、今度はエリシアに優しげな口調で話しかける。


「お前には借りがあるな。お礼といっては何だが、一つだけ頼みを聞いてやろう」


 途端に、彼女はキョトンとした表情を浮かべた。


「頼み……ですか?」


「うむ、何でも申すがよい。尤も、儂が力になれない事も数多くあるが」


「ちょ、ちょっと待つのじゃ!」


 慌てた様子のメノが二人の会話に割り込む。


「うちは!? うちの分のお礼は!?」


「お前は儂に危害を加えたりもしただろう」


 巨竜が腫れ上がった左目を見せつけるようにして、ギロリと彼女を睨みつける。途端にメノはシュンとして大人しくなった。それを見届けた後、グランドドラゴンはエリシアに向き直り、


「それで、娘よ。頼みは決まったか?」


 と、先ほどとは打って変わった穏やかな声で訊ねる。


「え、えっと……」


 全員の食い入るような視線を一身に浴び、エリシアは緊張した様子で視線を様々な方向にさまよわせる。しばらく経って落ち着きを取り戻した彼女はしばらく目を伏せて悩み始めたが、やがて考えがまとまった様子で顔を上げた。そして、少しはにかんだような笑顔を浮かべると、自身を見つめる巨竜に向かって、おずおずと口を開いたのだ。




「……じゃあ、もし差し支えが無ければ、貴方の鱗を一枚頂けないでしょうか?」

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