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「やっぱり、うちの作った薬の効能は格別じゃの」


 さっきまでの不安げな表情はどこへやら、メノは両目を瞑って自慢げに呟きながらうんうんと頷いている。だが確かに、彼女の作成したという麻痺薬の効果は目に見えて表れていた。グランドドラゴンは地に伏して、四肢を細かく震えさせるばかり。とても身動きが取れる状態とは思えない。正直なところ、先ほどまでの様子から、僕は果たして竜に人工的な薬物が効くのかという懸念を抱いていたのだが、どうやらそれは余計な心配だったようだ。


 だから、彼女の提案した『隙をついて麻痺薬で体の自由を奪う作戦』は見事に成功したのだと、この時の僕は疑おうともしなかったのだ。


 しかし。


「コイツ、死んでるのか?」


「そうは見えないけど……多分身動き取れないだけじゃない?」


「さあ、とっとと鱗を少しばかり失敬するかの」


 思い思いの言葉を発しながら、倒れているグランドドラゴンの側へ近寄る三人。僕とエリシアはその様子を離れて見守っていた。


 メノの白く華奢な手が巨竜の皮膚へと伸びようとした、その瞬間。とてつもない雄叫びが僕の鼓膜を破れるかとばかりに刺激して、僕は堪らず両耳を手で押さえた。自然と閉じてしまっていた目を開くと、最初に慌てて後ずさりする三人の姿が、次によろめきながらも立ち上がらんとする巨体が映る。


「人間よ、流石に今のはこの老体には堪えたぞ……」


 凄みのある低い唸り声が辺りに響き渡る。巨竜はふらつく体勢を何とか立て直すと、そのまま後方の壁際まで下がりながら言葉を続けた。


「だが、これで流石に儂の堪忍袋の尾は切れた。命までは取らずに追い返すつもりだったが、そちらが儂の命を脅かす真似をするのなら、最早容赦はするまい」


「完全に怒られてますね」


 いつの間にか側に寄っていたエリシアが、不安げに話しかけてくる。返答に困った僕は肩を竦めて、そして深い息をつく。


「……まあ、当たり前といえば当たり前だよね。僕だって嫌だもん」


 僕の言葉に、彼女は顔を俯けて地面についた杖に頭を乗せる。


「私達はあれだけ反対したのに……」


 そう、この作戦に僕とエリシアは最初から乗り気では無かった。話し合いで解決出来なければ、諦めようと他のみんなに進言していたのである。それが通らなかったのはミレナとフォドが多数決での解決を強く押し進め、僕達反対派に対して強行派の数が一人多かったせいだ。




 そして、その結果。何やら取り返しのつかない状況に陥ってしまったような気がする。




「覚悟しろ、若造共!」


 巨竜は声高に叫んだかと思うと、何故か大きく口を開いて息を吸い込んでいく。ただでさえ大きい体格が、空気を体内に取り込んだ事で更に膨れ上がっていった。


 次の瞬間。巨竜は吸っていた空気を盛大に吐き出す。それは凄まじい衝撃波となって僕達に襲いかかった。普通に立っていては吹き飛ばされてしまう。僕はとっさにエリシアの手を握り、彼女と共に身を屈めて攻撃をやり過ごそうとした。風だけではなく細かい岩の破片までも痛いほど沢山ぶつかってきて、少しでも力を抜けば後方へ叩きつけられそうになりそうなのを、足を踏ん張って懸命に耐える。


 気の遠くなるような時間が過ぎ去って、吹き荒れるブレスがようやく収まった。僕とエリシアは自然に手を放し、立ち上がる。そこら中に沢山の岩が散らばっている中、ミレナとフォドは何とか攻撃を堪えきった様子だった。しかし、体格の小さい彼女は吹っ飛んで壁に激突してしまったらしく、空洞の端にうつ伏せで倒れている。どうやら気を失っているらしい。彼女の周囲には砕け散った小瓶の破片が散らばり、様々な色の液体が地面を染めていた。荷物から飛び出てしまった薬品の残骸のようだ。


「メノさん!」


 叫んだエリシアが不安そうな顔つきで、彼女の元へと走っていく。僕もその後に続いた。エリシアはメノの側に屈み込むとフードに積もっている岩の破片を手で払い、自身の杖を抱き起こした彼女の頭に当てて目を瞑る。途端に杖の先端から淡く白い光が発せられ、メノの体を包み込んだ。僕も前にエリシアから受けた事のある、治癒の魔法だ。だんだんと彼女の青白い顔に生気が戻っていき、やがてメノは目をゆっくりと開いた。意識を取り戻した彼女は途端に跳ね起きようとして失敗し、自身の背中を渋い顔でさする。どうやらかなりの激痛らしい。


「また助けられてしまったの、礼を言うのじゃ」


「いえ、ひとまず無事で良かったです」


 メノの感謝の言葉に、エリシアは息を弾ませて弱々しく答える。多分、今までの探索や戦闘で体力を失っていたにも関わらず治癒魔法を使った為に、かなり疲弊してしまったのだろう。この様子だと、次また同じように治療を行えば、彼女自身が倒れかねない。


 ――次にまた、同じようなブレスを食らってしまったなら。


 脳裏に悪い想像がよぎり、僕は慌てて振り向く。そこには巨竜に立ち向かっているミレナとフォドの姿があった。どうやら彼女達も敵に二発目を撃たせないよう、必死で戦っているらしい。グランドドラゴンは壁際に陣取ったまま一歩も動かず、両前足だけで二人の相手をしていた。息を吸い込む様子は見られない。ひとまずは安心らしい。


 ――けど、一体どうやったら倒せるんだろう。


 今までの敵とは格段にレベルの違う相手を前にして、僕の心には暗く大きな絶望感が巣くい始めていた。

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