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16

 自身に向かってくるミレナとフォドを睨みつけながら、巨竜は砲哮を上げた。大地を揺るがし、聞く者の恐怖感を煽るような、荘厳で屈強な叫び声だった。


「身の程を思い知らせてやろう! 人間の若造共よ!」


「エリシア! メノさん! 下がろう!」


 僕は後退しながら、棒立ちの二人に声を掛ける。彼女達は僕の呼び掛けに気づくと、慌てて壁際へ寄った。


 一方、残りの二人はというと、標的まで後少しというところまで迫っていた。


「ミレナ! お前は右から攻めろ!」


「分かったわ!」


 二人は敵の真正面から散回し、左右から攻撃を仕掛ける。外見のイメージに違わず相手は動きが鈍重で、俊敏さに関しては彼らの方が上のようだ。左からはフォドの短剣による素早い連撃が炸裂し、右からはミレナの大きな跳躍と共に振り下ろされた長剣が甲高い音を立てながら直撃する。並の魔物ならば、たとえ致命傷にはならなくとも相応のダメージは与えられるだろう連携攻撃だ。しかし、前に戦ったロックタートル同様、岩のような硬さを持つグランドドラゴンの皮膚には効果が薄い様子だった。


「その程度か? 全く効かんぞ!」


 相手は愉快そうに大声で笑いつつ、左前足を高く上げ、


「今度は儂の番だ!」


 その鋭い爪先がフォドめがけて勢いよく放たれる。彼は自らの体が八つ裂きにされるより前に、素早く身を翻してその攻撃を難なく回避した。相変わらず惚れ惚れする程に俊敏な身のこなしだが、彼はいつものような余裕溢れる表情ではなく、ひきつった笑顔を浮かべていた。多分、先ほどまで自分が立っていた筈の地面が大きく抉れてしまっている所為だろう。もし直撃してしまっていたら彼がどのような状態になっていたか、遠目から様子を見守っている僕でも容易に想像がついた。


 続いて、相手はその長い尻尾を振り回し、今度はミレナに対して攻撃を仕掛けた。遠心力のせいか、爪による斬撃よりも明らかに攻撃の出が速い。いくら剣士として実力があるとはいえ、ミレナはフォド程の機敏さは持ち合わせていない。彼女もその事は承知していたようで、彼のように身をかわしたりせず、その場に留まった上で剣を構え、防御の姿勢を取る。しかし、その巨体から繰り出されるパワーを受け止めきれるには至らなかったようで、彼女の体は大きな衝撃音と共に後ろへと吹っ飛ばされた。僕の近くでエリシアがハッと息を呑むのが聞こえてくる。危うく壁にぶつかるかという所までいったのだが、ミレナはすんでの所で耐えきった。僕は自然と安堵感から胸を撫で下ろす。しかし、彼女の顔には焦りの表情が浮かんでいて、首筋からは汗が滴り落ちていた。やはり、先ほどの受け身で少なくない体力を消耗したらしい。


 一方で相手の方は全くダメージを負っておらず、平然としていた。敵は口元に不適な笑みを浮かべ、自らと対峙している二人を交互に見やっている。どうやら、後方で様子を見守っている僕達に危害を加える気はないらしい。恐らく、その態度は僕達に負ける事は無いという余裕の表れだろう。


「どうした? かかって来ないのか?」


 先制攻撃の時とは打って変わり、適度な距離を置いて様子を伺っている二人に対し、巨竜は焚きつけるような言葉を掛ける。フォドは強い歯軋りをして、剣を握りしめるミレナの両手に込められた力が強まる。しかし、二人はそれぞれ悔しげな態度を見せながらもその挑発には乗らなかった。先ほどの反撃を受けて力の違いを見せつけられている為に、迂闊に手が出せない状況なのだろう。


 僕達が想像していた以上に、竜は凄まじい力を持っていた。


「そちらが来ないのなら……こっちから行くぞ!」


 再び、巨竜の前足が宙に浮く。今度は右足だけではなく、両方だ。そして、別々の場所にいる二人めがけて、ほぼ同時にその鋭利な爪が振り下ろされた。しかし、今度はしっかりと回避の準備が出来ていたようで、フォドだけではなくミレナもしっかりと横に飛んで攻撃をかわす事に成功していた。


「おい! 薬売りさんよ!」


 いきなりフォドがメノに向かって叫び、僕同様に後方へ下がっていた彼女はドキッと飛び上がる。


「早くアレを使ってくれよ! これじゃ身が保たねえぜ!」


「あ、そ、そうじゃったな!」


 すっかり気が動転していて、彼女は自らの役目を忘れてしまっていたらしい。メノは慌てて自らの荷物を漁り、やがて一本の小瓶を取り出した。中にはどす黒く濁った黄色い液体がなみなみと詰まっている。小瓶を握りしめると、彼女は声高に叫びながら、それを巨竜の頭めがけて放り投げた。


「うち特製、超強力麻痺薬を食らうのじゃ!」


 小瓶はくるくると宙を舞いながら飛んでいく。相手は即座にその事に気がついて身を庇おうとするも、自らの鈍い動きが災いして、体を完全に背ける事は叶わなかった。


 そして。


「ぐ、ぐわあああああ!」


 小瓶は幸運にも敵の左目に直撃し、グランドドラゴンは地をつんざくような悲鳴を上げて崩れ落ちる。次の瞬間、大地震が起きたかのような揺れが僕達を襲った。天井からも大小様々な岩が落ちてきて、僕は身をとっさに庇おうとしゃがみ込む。


「……よっしゃ!」


「効果覿面じゃない!」


 前線で戦っている二人の喜びに満ち溢れた声が耳に届いてきて、僕の胸の奥に安堵の気持ちがふつふつと沸き上がってくるのと同時に、小さな罪悪感が芽生えていく。


 ――勝ったの?


 僕は心の中で呟きながら、伏せていた顔を上げた。

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