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「うわぁ……」


 目の前に広がる光景に、僕は感銘の息を洩らさずにはいられなかった。穴を出た先は大空洞となっていて、そこはさながら岩の庭園と呼べるような様相をしていた。というのは、遙か高い天井に生じている亀裂の外から煌めく星々が顔を覗かせていて、結晶のように形の整った岩々を幻想的に照らし出しているからである。どうやら今まで洞窟の中を必死に探索している間に、時刻はすっかり夜になってしまっていたらしい。


 広間を見渡すと、あちこちに僕達が通ってきたのと同じような穴が沢山ある事に気づいた。どうやら、この場所に通ずる道は一つというわけではないらしい。その他には、特に珍しいような物は見当たらない。




 ただ一匹、広間の中央にいる存在を覗いて。




 僕はそれが生き物だと気づいた時、すぐに息を呑んだ。傍目からだとまるでただのゴツゴツした巨岩に見えるので、それが眼を開くまで分からなかったのだ。異様な雰囲気であるこの場所を見回す事に頭が一杯だったという事もある。


 まず、その生き物はとても大きかった。僕が巨大な岩と見間違えるくらいなのだから、どれだけの図体をしているかは察せられる筈だ。次に、その体つきだ。茶色い皮膚の表面は大小の岩がそのまま乗っているかのようで、見るからに硬そうである。強靱そうな足の先に伸びている爪は太い上に鋭く尖っていて、物を切り裂くにも押し潰すのにも使えそうだ。尻尾は胴体と同じくらいに長く、あれを叩きつけられたら並の大人ではひとたまりもないだろう。


 ――これが、グランドドラゴンなんだ。


 誰かに教えられずとも、僕が理解するのはたやすい事だった。


 巨竜は大空洞の中心に陣取って、僕達を見据えていた。物言わず閉じられた口の端からは、隠しきれない鋭利な牙が顔を覗かせている。一方、僕達の方はというと、誰一人口を開く者もおらず、全員が完全に固まってしまっていた。目の前にいる存在が放っている威圧感があまりにも強烈過ぎていて、僕達が目の当たりにしている相手は別格であると察するには充分過ぎたのだ。




 どれくらい、無言の時間が過ぎ去っただろう。




「お前達は何者だ」


 巨竜が口を開いた。静かで嗄れていて、それでいて重々しく貫禄のある声だった。きっと、僕達が想像出来ないほど長い年月を生きているのだろう。


「何の用でここに来た。答えろ」


 相手の言葉に、僕達は顔を見合わせる。誰もが困惑の表情を浮かべていた。


 ――誰が話す?


 僕も含めた全員の眼差しは、恐らく同じ問いかけを発していたと思う。しかし、やがて視線はある一人に向けられた。ギクリとしている当事者を除いて。しばらくは請うように周りを見回していたが、やがて彼女は観念するように首を振る。


「えっとじゃな……」


 年長者であると共に僕達への依頼人でもあるメノは、強ばりながらも巨竜に向かっておずおずと口を開いた。既に相手は両目を閉じている。話に口出しする気はないようだ。その事もあって幾分か気持ちが楽になったのか、メノは言葉を探しつつ話を続ける。


「うちは、その、お主に頼みがあって来たのじゃ」


 ピクン、と巨竜の眉が釣り上がる。どうという事はない普通の動作の筈なのに、僕の心臓は一瞬、跳ね上がった。図体が違うと、一つ一つの動作がやけに恐ろしい。メノもドキリとした様子だったが、相手が口を挟んでこなかったので、また喋り始める。


「頼みというのはじゃな、お主の鱗を一枚恵んでほしいのじゃ」


「……儂の鱗だと?」


 巨竜の目がゆっくり開き、じっとメノを見据える。その表情は険しさを増していて、僕が彼女の立場だったら恐らく震え上がっていた事だろう。尤も、それは彼女も同じだったらしい。彼女は怯えるような目つきで相手を見上げていた。


「何故だ」


「その、ちょっと必要でじゃな」


「はっきりと答えろ」


 巨竜の声が厳しさを増し、詰問するような口調になる。少し迷った後、メノは思い切った様子で説明した。


「うちが作る薬の材料に、お主の鱗が必要なのじゃ」


「……何だと?」


 彼女の言葉を聞いて、巨竜の様子が豹変した。閉じていた目をこれ以上ない程に大きく見開き、四肢に力が込められた反動で地面が小さく揺れた。


「とんだ思い違いをしているようだな、人間よ」


 大きな牙を見せつけるようにして、巨竜は声を荒げた。


「儂は誇り高き竜族。自らの一部を道具の材料として差し出すような真似はせん」


「そこを何とか……」


「その先を言えば、どうなるか分かっておろうな」


 グランドドラゴンは怒りの形相でメノを睨みつけ、彼女は恐怖からか竦み上がる。


「他に用が無いのなら、儂の前から即座に立ち去れ。儂は今、忙しいのだ」


 交渉はどうやら、決裂に終わってしまったようだ。正直なところを言えば、僕は今すぐにでも竜の言う事を聞いてここから逃げ出したい気分だった。同じような感情を抱いているであろうエリシアと僕は不安げに視線を交わす。


 しかし、どうやら残りの二人は戦う気満々のようで、


「何よ! ケチ!」


「一枚くらい分けてくれたっていいじゃねえか!」


 と、自分達の武器をいつの間にか構えていた。やっぱり、お金が関わると馬の合う二人である。


「ふん、儂とやり合うつもりか? ただでは済まんぞ」


 巨竜はゆっくりと立ち上がる。その衝撃で、先ほどよりも強く地面が揺らいだ。


「望むところだ!」


「行くわよ!」


 二人は啖呵と共に、強大な敵めがけて走り出す。その後ろ姿をどこか夢見心地で眺めながら、僕は何故か他人事のような感傷を抱いて、一人溜息をついたのだった。




 ――なんか、僕達の方が悪者のような気がする……。

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