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地下八階に到着した僕は、すぐに部屋の中に立っている掲示板を確認し、取りあえず手を触れた。
『ちょー重要な掲示板! その5』
『頑張っている愛しの君へ。
地下八階、到達おめでとう!
便利な道具を使ったのか、技術を鍛えたのかは分からないけれど、ダンジョン探索にもだいぶ慣れてきたみたいだね。
ちなみに、この階から上には、君が苦戦したと思うちびっ子達はいないよ。スライムとゴブリン以外は、一フロアに特有で存在しているんだ。ふふふ、群れに怯えないですむから安心したかい?
まあ、その代わりに違うモンスターが出てくるんだけどね。
じゃあ、お待ちかね、新たな敵についての特集をお届けするよ。
……とはいっても、今回はけっこう楽かもしれないね。この階を突破するだけなら。まあ、良い経験になるだろうから一度は倒れてみたらどうかな。
じゃ、地下七階目指してファイト!
追記
例によって、「その4」は地下九階にあるけど、もしここまで君が辿り着いているのなら、無用の長物かもしれないね。』
「え、と」
僕は呟かずにはいられなかった。
「アドバイスなんて、全く書かれてないじゃん……」
敵の特徴は全く載っていないし、挙げ句の果てに『一度は倒れてみればいい』と書かれている始末だ。これでは、ぜんぜん役に立たない。
「楽って言われても、今までに出会った敵を思い出せばなぁ」
スライムもゴブリンも、ネズミすら自力では倒せないのである。不安感は全く拭えない。
「力の草はまだ二本残っているけど」
ポケットの中にそれらが入っているか、一応確認する。
「でも、出来るだけ温存したいや。いつ、またヤバい敵が襲ってくるか分からないし」
楽だと書かれている以上は、むやみやたらと使わないように心掛けよう。
「とにかく、あの厄介なネズミ達はもういないんだし。あまり気負いはせずに進んでいこうっと」
探索を開始してしばらく経った頃、立ち入った部屋で僕は変なものを目にした。
「……何コレ、花?」
そう、それは妙な形をした植物だった。花びらは異様な土色をしていて、見るからに清らかとは程遠い。少なくとも、僕は好ましい感情を抱かなかった。
「もしかして、これがこの階の敵なのかな……?」
僕は疑問に思って首を傾げる。
「でも、植物って動けないよね……」
勿論、違うとは言い難いのだが。しかし、部屋の地面に埋まっている目の前の植物がいきなり襲ってくるようにはとても思えなかったのだ。
僕は慎重に一歩ずつ近づいて、植物の前で立ち止まる。いつでも逃げれるように身構えて、顔を花びらに近づけた。途端にムワッとした異臭が鼻を突き、僕は慌てて顔を背けた。
「ゴホゴホッ! ヒドい匂い!」
咳が止まらず、目にまで涙が滲む程の凄まじさだ。ゴブリンも相当な汗臭さではあったが、これは常軌を逸している。
「あれ……なんだか、視界がぼやけてきた……」
慌てて両目を擦る。しかし、気づいた時には既に遅かったようだ。
「頭が……クラクラ……して……」
体に力が入らず、視界はぐるぐると回り続ける。僕はたまらず床に崩れ落ちた。
僕は階段部屋で目覚めの悪い起床を果たした。心なしか、未だに頭が重いような気がして僕は手を額に当てて支える。
「うーん、さっきは何が起きたんだろう?」
靄のかかった思考の中、記憶の糸を懸命に手繰り寄せる。部屋の中の植物に近づいて、しゃがみ込んで、その時に凄い悪臭を食らった。
「もしかして、あの臭いのせいなのかな」
あれは目眩などの症状を引き起こす花粉だったのだろうか。そうなると、先ほど自分の体に起きた異変も納得がいく。つまり、あの植物は人体に有害な影響を与える術を持っているという事だ。
――でも。
「もしかして楽っていうのは……近くに寄らなければ平気だからって事なのかな?」
それならば、攻略は簡単だ。見かけたら近づかなければ良いだけの話である。
「でも、少しだけ引っかかる事があるんだよなぁ」
掲示板に書かれていた『この階を突破するだけなら』というフレーズがどうにも気にかかる。
「まあ、いちいち気にしててもしょうがないか」
更にダンジョンの通路や部屋の数は多くなっていて、構造を把握するだけでも一苦労だ。けれども地下九階とは違ってネズミはいないし、ゴブリンやスライムは対処に慣れてきていて、植物はそもそも接近しなければ大丈夫だから、今までで一番楽な探索だ。植物が道を塞いでいる事もあるが、その時は別の道を通れば良い。スライムと同じ要領だ。
そんなこんなで、今回は比較的楽に階段の部屋まで到達する事が出来て、僕は少し拍子抜けした。
「……なんだ、ネズミ達なんかよりずっと簡単だったじゃないか。あの掲示板に書いてあった事、本当だったんだ」
――この階を突破するだけなら。
再び、先ほどのフレーズが脳裏をよぎったが、取りあえずこの階をクリアした事には変わりない。僕は地下七階へと続く階段をゆっくりと上っていった。