12
「本当だ……」
あまりに不可思議な光景なので、僕は首を傾けずにはいられなかった。ミレナが先ほど言ったように、ロックタートル達は何故か部屋の入り口に子供が通る隙間も無いほど集まりこそすれ、中に入ってこようとする個体は一匹もいない。
「なんでコイツら、こっちに来ないんだ?」
僕が抱いていたのと同じ疑問をフォドが口にする。その時、入り口を注視していた僕達の後方で耳をつんざくような悲鳴が上がった。驚いてすぐに振り返ると、エリシアが青ざめた顔で何やら部屋の隅を凝視している。
そこには壁にもたれ掛かるようにして生き絶えている白骨死体の姿があった。
「あ、あの。ごめんなさい」
僕達の様子に気がついたのか、我に返った様子のエリシアは申し訳なさそうに言った。
「ちょっと、気が動転しちゃって……」
「なるほど、そういう事かの」
訳知り顔でメノがポツリと呟いたので、僕は彼女に訊ねた。
「そういう事ってどういう事?」
「ほれ、地面をよく見てみんか」
身振りで周りを示す彼女に従い、僕は辺りを見回す。そして、先ほどよりも強い衝撃を感じた。風化しかけている白骨の欠片が、そこら中に散らばっているのだ。それも、おびただしい数である。一人二人ではなく、もっと大勢の人間の死骸がここには存在したのだろう。いや、人だけじゃない。明らかに魔物のものと思われるような屍も少なくはなかった。
「ちょっと、何よコレ。まるで墓場みたいじゃない」
気味悪げにミレナが呟く。
「あながち、その考えは間違ってもおらんじゃろ」
メノはコホンと咳払いしてから、自らの仮説を話し始めた。ロックタートルという種は防御力にこそ優れているが、敵の殺傷力に関しては動きの鈍重さが足枷になって並のゴブリンにすら劣っている。なので彼らは攻撃に対して消極的だが、非常に仲間思いでもあるそうだ。その為、彼らは自分達の長所を生かし、自分達からなるべく犠牲が出ないような敵の撃退方法を取っているに違いない。彼女の考えを要約すると、こういうものだった。
「じゃあ、その撃退法って何だよ。俺達をここに閉じこめる事か?」
フォドが笑って軽口を叩いたのだが、メノはニコリともせずに頷き、そして両目を閉じた。
「その通りじゃよ」
「……もしかして」
嫌な想像が頭を掠め、僕は恐る恐る小声で言った。
「ここまで追いつめて、飢え死にさせるとか?」
あっ、とメノを除く全員が息を呑んだ。
「正解じゃ。ただの仮説じゃから間違っているところもあるかもしれんが、概ねは合ってるじゃろう」
「ちょ、ちょっと!」
冗談じゃない、とでも言うようにミレナが瞳をギラつかせて口を開いた。
「飢え死になんて真っ平ゴメンよ! 何かないの!? ここから脱出する方法!」
「それを考えているところじゃ。尤も、今は何も思いついてはおらんが」
「唯一の出口を抑えられちまってるしな」
苦々しげにフォドは言葉を洩らす。その視線の先は何段にも積み上がっている亀の大群に向けられていた。
「あの……」
その時、エリシアが躊躇いがちに僕らへ呼び掛けた。先ほどの切羽詰まった様子ではなく、少し戸惑ったような表情で側の壁を指さしている。
「これ、何でしょう」
彼女の声に応じ、僕達は示された壁の近くに集まる。そこには奇妙なものがあった。岩壁に小さくて四角い『くぼみ』が規則正しく掘ってある。横は九列で三列毎に一列分の空白が存在し、縦は五列だ。そして、そのくぼみのいくつかには黒い石がはめ込まれている。そして、その石の並べ方はまるで数字を表現しているかのように思えた。
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黒い石の数は二十四個で、恐らく全てをくぼみから外すと、
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となるだろう。
「ななひゃくじゅう?」
不可解そうに、ミレナがポツリと呟く。
「何これ。死体が残した暗号かしら」
「その事なんですが」
エリシアが問題の場所から少し外れた箇所を指し示す。
「ここに何か書いてあるみたいなんです。でも、よく分からなくて」
「これは恐らく古代文字じゃな。しかし生憎、うちはこういうのに関してはサッパリじゃ」
「俺も全然分かんねえ」
「ねえ、ちょっと」
ミレナが後ろにいた僕の服の袖をグイッと引っ張った。
「アンタなら、ここに何が書いてあるか分かるんじゃないの?」
え、とエリシアとメノが驚いた様子で僕を見る。その視線が何となくくすぐったくて、僕は首筋が熱くなるのを感じた。
「あの、古代文字が読めるんですか?」
「うん、まあ」
「ほお……まだ若いのに博識じゃの」
「え、それってそんなに凄いのか?」
「ほら、早く読みなさいよ」
ただ一人キョトンとしているフォドの言葉を無視するようにして、ミレナがせっついてくる。僕は彼女に押し出されるようにして問題の文面の近くに寄ると、そこに書かれている文字を読み上げた。
「『黒い石を全部使って、7を3つ作れ。さすれば道は開かれるであろう。』って書いてあるけど……」




