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メノが『ロックタートル』と呼称したモンスター達は、僕達を取り囲むようにのろのろと移動している。何やら、こちらの様子を伺っているように思えた。
「なあ。さっき鉱石を食べるって言ってたよな」
周囲の魔物から視線を逸らさず、フォドが口を開いた。
「もしそれが本当なら、俺達を襲う理由なんてないんじゃないか?」
「まあ、食事の対象に見なされる事はないじゃろうな」
メノは彼に同意するような言葉を返すも、
「縄張りを荒らされなければ、比較的温厚な生き物の筈じゃよ」
と、どこか引っかかるような事を告げる。こうして僕達が会話している間にも、相手の数はじわじわと増え続けていた。一体、どこに隠れていたのだろうか。
「縄張りを荒らされなければって……」
ミレナはいつになく狼狽した様子で、
「この洞窟がコイツらの縄張りそのものなんじゃないの!?」
もしかすると、外で見かけるような魔物に今まで遭遇しなかったのは、この亀達のせいなのかもしれない。しかし、もしこの考えが的を射ているとすれば。この『ロックタートル』の群れは、外のモンスター達から恐れられるだけの力を持っている事になる。
「一旦、引き返し……」
みなまで言わず、入り口の方向に眼差しを向けているエリシアが口を噤む。彼女の視線の先を辿ると、そこには足の踏み場がないくらいに密集した彼らの姿があった。どうやら脱出するより先に逃げ道を塞がれたらしい。何気に頭が良いのか、それとも過酷な環境を生きる為に自然と身につけた知恵なのか。とにかく、これで僕達は簡単にこの場所を抜け出せなくなってしまった。
「なぁ、薬売りさんよ」
いつの間にか短剣を握りしめているフォドがやけに芝居がかった声で言った。口元にはどこか達観したようにも映る笑みを浮かべている。しかし、目は笑っていない。
「コイツら、結構強い魔物なのか」
「強い、というよりはとにかく硬いというのが適切じゃな。足が遅いから魔法が扱えればそんなに苦労しないじゃろうが、素手や剣でしか戦えない相手ならば苦戦するとまではいかなくとも倒すのに時間がかかるじゃろう」
なるほど、と僕は心の中で呟いた。それで外の魔物達に駆逐されずに済んでいるのだろう。今まで僕達がこの山脈で相手にしてきたのは、トロールを筆頭に全て肉弾戦が得意な敵ばかりだった。退路を塞がれて孤立されてしまえば、後は数の暴力に押されてやられてしまうだろう。
「あっちゃ、それじゃ俺達は苦戦するタイプだな」
「嘆いてもしょうがないでしょ」
ミレナが鞘から愛用の剣を抜く。その眼差しはいつもに増して鋭利さを帯びていた。
「けど、問題はどっちに進むかね。前か、後ろか」
「そんなの、決まってるじゃねえか」
フォドは息を大きく吸い込んで、それからロックタートルの群れめがけて勢いよく飛び出した。
「手薄な前しかねえだろ!」
彼は叫びながら短剣でロックタートルを切りつけるものの、その素早い攻撃は岩の甲羅に阻まれてしまった。
「げっ! 効いてねえじゃん!」
顔をひきつらせるフォドを、ミレナが叱咤する。
「手足や頭を狙うのよ!」
彼女は横薙で敵の東武に勢いよく斬撃を叩きつけた。倒すとまではいかなくとも、相手の手足がふらついているところを見ると、少なからずの衝撃は与えられた様子である。動揺した様子で、周りの同胞達が後ずさったのを見て、ミレナは叫んだ。
「今のうちに走るわよ! 急いで!」
立ち塞がる敵を退けるミレナとフォドを先頭にして、僕達は敵陣のど真ん中を突っ切っていく。メノの言った通りに彼らの動きは鈍重なようで、積極的に僕達を追いかけようとはしなかった。だが、その代わりに僕達の後ろはしっかりと阻まれていく。まるで、奥へ奥へと誘導しているみたいに。
とにかく、戦闘要因ではない僕やエリシア、それにメノは時折突進してくる敵を避けつつ、露払いをしてくれている前方の二人の姿を見失わないよう必死に走ったのだった。
「おい! こっちに逃げられそうな場所があるぞ!」
息を切らしながら魔物の相手をし続けているフォドが、僕達に呼び掛けながら空いている左手である方向を指さした。彼の人差し指が示す先へ視線を移すと、そこには別の場所への入り口らしい穴が空いていた。そして、外から見る限りでは中に敵の姿は見当たらない。
迷っている暇は無い。僕達はすぐにその内部へと飛び込んだ。穴の中はこじんまりとした空間になっている。僕は周りの様子を眺めながら、懐かしい記憶を思い起こした。僕が目覚めたダンジョンの記憶だ。この場所はちょうど、あの場所で無数に見つけた小部屋の内装によく似ている。しかし、この部屋には僕達が入ってきた通路への出口しか無かった。つまりは、今の僕達は袋の鼠である。
――これって、マズいんじゃないかな。
僕の頬を冷や汗が伝う。行き止まりという事は、彼らがこの部屋に押し寄せてきても逃げ道が皆無という事なのだ。
だが。
「おかしいわね……」
剣を構えつつ入り口に立っているミレナが、困惑した様子で口を開く。
「コイツら、この中に入ってこようとはしないみたい」




