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「あ……そういえば」
ミレナの言葉を聞いて、僕は心にかかっていた靄がようやく晴れていくのを感じた。そうだ。グランドドラゴンという名前はずっと前に掲示板で見かけた事があったのだ。あんまり安直なネーミングという印象があったので、心に残りやすかったのだろう。
「あれ? 何で知っておるのじゃ?」
思いも寄らぬ発言に驚いたのか、メノは呆気に取られた表情を浮かべた。
「アンタが掲示板に依頼を出している時、アタシ達もあの町にいたのよ」
「ああ、そういう事だったんじゃな」
合点がいった、とでも言うようにメノはうんうんと頷く。
「でも、こうやって一人で倒れてたって事は」
「誰も依頼を引き受けてくれなかったの?」
僕とミレナの質問に、メノはフンと不服そうに鼻を鳴らした。
「だーれも引き受けてくれなかったのじゃ。何人か有望そうな若い冒険者を勧誘してみたが、骨折り損じゃったわ。全く、最近の若いもんは根性がたるんどる」
「おいおい、無茶言うなよ」
フォドが頬を掻きながら、呆れた様子で口を開く。
「そこらのモンスターとは訳が違うじゃねえか。竜とまともに正面切って戦おうなんて、あまりにも無茶だぜ」
「別に正面切って戦うなぞ、うちは言っとらんぞ」
「それって、何か策があるって事ですか?」
「勿論じゃ」
と、メノは不敵な笑みを浮かべる。そしてふと、思い出したように手をポンと叩いた。
「そうじゃ、お前達ちょっと手伝ってくれんか?」
庭の掃除を手伝ってくれ、とでも言うような調子で彼女は言った。あまりに突然の提案に、僕達は面食らう。
「……は?」
まさか、といった表情でフォドの口から疑問の声が洩れる。
「おいおい、もしかして俺達にその材料集め手伝えって言うんじゃねえだろうな」
「ご名答じゃ」
ケロっとした様子で答えるメノ。
「うちだけではちょっと荷が重いのでの。募集しても誰も来んから、仕方なく一人でここまでやってきたんじゃが、ここの魔物からは逃げるだけで精一杯じゃ」
となると、モンスターから命辛々逃げてきたところ、この場所で力尽きて倒れていたのだろう。
――けど、流石にちょっとなあ。
人助けを疎ましく思っているわけではないものの、あまりに無理難題過ぎるのではないかという感は拭えない。他の三人も恐らく同じような考えだろうと思った。案の定、
「冗談も休み休み言えって」
と、フォドが肩を竦めながら口を開く。しかし、その反応をメノは予想していたのだろう。彼女は彼の言葉を受けるとすぐ、自身の人差し指を夜空に向けて両目を瞑った。
「勿論、タダという訳じゃないのじゃ。グランドドラゴンを倒してくれたら、それ相応のお礼をくれてやるわい」
「それ相応のお礼?」
放浪生活を送っていたミレナと、一応は盗賊として生活していたフォドは彼女の言葉に過敏な反応を示した。流石、お金にがめつくて地面に物が落ちていないかいつも確認しているお二人である。あ、こうして考えると二人は結構似ているかもしれない。
「先に言っておくけど、千ゴールドや一万ゴールドじゃ動かないわよ」
「ああ、働きに釣り合わないからな」
――うわあ、嫌な感じに馬が合ってる。
いつもの態度からは想像出来ない程の連携ぶりに、二人に頼み事はしないようにしようと僕は固く決心した。
「ふむ、そうじゃなあ」
と、メノはしばらく考える素振りを見せた後、
「ざっと、百万ゴールドでどうかの?」
つかの間の静寂の後。
「百万!?」
「そんなに!?」
「嘘じゃないわよね!?」
「ひゃ、ひゃくまんですかー!?」
あまりの金額の高さに各々が絶叫した。エリシアはパニックからか目を回してしまっているし、金の亡者達に至っては完全に瞳がゼニマークに変貌してしまっている。記憶喪失であまり相場が分かっていない僕にも、途方もない金額だという事は数字の大きさだけで理解出来た。
「勿論じゃ。うちに二言はない」
それで、とメノは僕達全員に挑戦的な笑みを浮かべながら、
「それでどうするのじゃ? 受けるのか? 受けんのか?」
「うううう、受けるに決まってるだろ!」
「もももも、勿論受けるわよ!」
ろくな話し合いも行わないまま、金の亡者二名は即座に彼女の依頼を了承してしまっていた。まあ、僕は異論がないし、エリシアも恐らく同じだろうから結果的には問題ないのだけど。二人の言葉を受けてメノは、
「よし、交渉成立じゃな」
と、その顔つきに似合うあどけない笑顔を浮かべた。そして、
「ところで、一つ聞いていいかの?」
と訊ねてくる。僕はニンマリと両手を使って金勘定を行っている二名と未だに目を回し続けている一名を横目で見て、彼女の質問を聞いているのは僕だけだと判断した。
「えっと……いいですよ。何ですか?」
僕の応答に、メノは何か物欲しそうな目つきをしながら、おずおずと少し躊躇うように口を開いた。
「誰も食器に手をつけておらんが……食欲がないのならうちが平らげても構わないのじゃぞ」
僕達の椀に注がれた汁は、既にすっかり冷めてしまっていたのだった。




