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 時刻は進んで夜。倒れていた女性を介抱した後、僕達は焚き火を囲んで夕食を取る事にした。女性は余程腹が減っていたのか、怒濤の勢いで自分の椀に盛られたごった煮汁を平らげ、瞬く間に鍋に残っていた分も食べ尽くしてしまった。あまりのスピードに、僕達は自らの食事の事すら忘れ、呆気に取られて彼女を見つめていた。彼女は余程、お腹が減っていたらしい。


「はふう、食った食った。御馳走様じゃ」


 パンパンに膨れ上がった腹をさすりながら、フードから頭を露わにしている紫髪の女性は満足げに呟いた。その表情は満腹による幸福感の為か、だらしなく緩みきった笑みを浮かべている。倒れている時には気がつかなかったのだが、彼女の毛はとてもクセがあるようで、先の部分が自然と色々な方向にカールしてしまっていた。


「生き倒れにこんな美味しい食べ物を恵んでくれるとは。本当に感謝してもしきれないのじゃ」


「あ、あの」


 長い硬直時間からいち早く抜け出したエリシアがおずおずといった調子で女性に話しかけた。


「ん、何じゃ?」


 小首を傾げて質問の内容を問う女性に、エリシアは言葉を選びながら答える。


「どうして、その、こんな所に倒れてたんですか?」


「ああ、その事か」


 納得したというように女性は両手をパチンと合わせた。


「薬の材料を取りに来たんじゃよ」


「薬……ですか?」


 予想の斜め上をいく返答とでも言うように、エリシアの表情に明らかな驚きの色が走る。そしてそれは他の二人も同様だった。勿論、僕もである。


「って事は、お前って薬売りなのか?」


 何気ない調子でフォドは訊ねた様子だったのだが、女性は何故かひどく気分を害したらしく眉間に皺を寄せた。


「確かにお主の言う通りじゃ。しかし、いくら恩を売っているとはいえ、年上に向かってお前呼ばわりは関心せんの」


 ――年上!?


 彼女の言葉に、僕は度肝を抜かれた。恐らく、他のみんなも同じだったろう。誰もが目をまん丸に見開いて彼女の顔を凝視していた。明らかに僕やエリシアよりも数段背が低く、一番幼い顔つきをしている彼女の口からそんな言葉が出てきたのだ。驚くなという方が無理な話だ。


「は、はあ!?」


 真っ先に素っ頓狂な声を上げたのはフォドだった。


「冗談言うなよ!」


「なっ!」


 女性は顔を真っ赤にして、


「失礼な奴じゃの!」


 と、彼に負けず劣らずの大声で叫ぶ。どうやら、よほど癪に触ったらしい。


「だってよ! どう見たってお前、まだガキンチョじゃねえか!」


「ガキンチョじゃないのじゃ! うちは……」


 あどけない口調で告げられた年齢に、僕を含めた四人は戦慄した。


「じょ、冗談でしょ?」


 渇いた笑いを浮かべながら、ミレナが問いかける。女性は頬を膨らませて、


「子供がこんな所に一人で来れるわけないじゃろ!」


「……確かに」


 思わず僕は同意してしまった。


「あ、えと。話を戻しますけど」


 エリシアは気を取り直した様子で、


「えーっと、あなたは」


「メノじゃ」


 突然、女性が自らの名前を名乗る。


「あ、はい。メノさんは薬を売ってらっしゃるんですよね」


「うむ」


 メノと名乗った女性は重々しく頷いた。


「それで、ここに材料探しに来られてて」


「そうじゃ」


「どんな薬を作ろうとされているんですか?」


「それは秘密じゃ。企業秘密とも言う」


 あまりにもキッパリと彼女が発言したので、僕は少し驚いた。どうやら詮索されたくないらしい。そして、エリシアもその事を感じ取っているようだった。


「じゃあ、その探してた材料って何なんだ?」


 フォドの質問にしばらくメノは考え込んでいたが、やがて、


「まあ、それくらいなら言っても良いじゃろ」


 と、一旦腰を上げて座り直す。そして、含むような笑みを浮かべて僕達四人を見回しながら、厳かに口を開いた。




「グランドドラゴンの鱗じゃよ」




 ――あれ?


 その単語を聞いた時、僕は何となくデジャブを感じた。どこかで聞いた事あるような、というよりは見た事あるような、そんな既視感だ。


 一方、僕を除いた他の三人は完全に固まってしまっていた。エリシアはハッとした表情を浮かべているし、フォドに至っては口をあんぐりと開いていてメノの顔を凝視している。ミレナもひどく驚いている様子で、その目は驚愕に満ちていた。そして、メノの方は今の状況を楽しんでいるかのように一人一人を眺め回している。


 ――そりゃだって、ドラゴンだもんなあ。


 何故だかは分からないが、もう名前からして強そうだと思った。恐らく、倒そうとすれば屈強な戦士が何十人も必要となるのだろう。自分一人だけは言わずもがな、僕達四人で束にかかっても叶わない相手に違いない。他の面々も何やら思案に耽っているらしく、しばらく無言の静寂が辺りを包み、焚き火がパチパチと弾ける陽気な音だけが周囲に響き渡った。


「あっ」


 沈黙を破ったのは、何かに気づいたようなミレナの声だった。全員の視線が集中するも物怖じした様子もなく、彼女はメノを指さして口を開いた。




「アンタ、ローリエンで依頼出してた人じゃない?」

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