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「チュー! チュー!」
「また……やられた……」
あれから僕は何度も何度も地下九階のダンジョンを探索したのだが、なかなかネズミ達の群れを攻略出来ずにいた。どうやら個体数に比べてダンジョン内が広い為に遭遇する確率は低いのだが、一度出会ってしまえば他の仲間達が気づく前に倒してしまわなければならなくなる。しかし、初撃はおろか十回攻撃しても当たるのは稀なので、そうこうしているうちにあっという間に夥しい数の援軍がやってきてしまうのだった。スライムやゴブリンとはまた違ったタイプの強敵である。
「今度こそ……!」
何度めかも分からないような決意を胸に、僕は再びセーブポイントである階段部屋を出発した。
通路を慎重に進み、スライムが居座っていれば別の道を模索し、ゴブリンとの戦闘は出来るだけ回避し、なるべくネズミとは出会わない探索を心掛ける。
しばらくして、僕はとある小部屋に辿り着き、そこで再び掲示板と宝箱を見つけた。
「あ、もしかしてまた便利な道具が入っていたりするのかな」
今回は立て札の方から拝見する事にした。
『ちょー重要な掲示板! その4』
「……どうして『ちょー』なんだろう」
『ここを捜し当てた愛しの君へ。
隣の宝箱はもう開けたかな?
中身は草だよ。うん、植物だ。けれども、特殊な効果を持っているよ。その名も「力の草」だ。そのまんま過ぎて面白くない? まあ、分かりやすいから良しとしようよ。
効能は至って名前の通り。体内に吸収されると一定時間、君の力が増す。それだけだ。個人差もあるけれど、一本だけだったら恐らく二、三分という所だろう。
とにかく、便利な事には便利な筈だから。試してみるつもりで気軽に使ってみる事をオススメするよ。
追記
もし、元気な腕白小僧達に苦戦しているようだったら、自分の技術を磨かないと始まらないと思うよ。
もしそれが面倒だと感じられれば、一気に駆逐すると良いだろうね。』
「へー、便利な草もあるもんだね。じゃ、宝箱宝箱っと」
開けると、中にはこれといって特徴の無い草が三本入っていた。これらが恐らく、『力の草』だろう。例によって中身を取ると、宝箱は消えて無くなってしまった。僕は力の草をボロ切れの服に辛うじて存在しているポケットに突っ込む。
「取りあえず、これらのうち二本は温存しておくとして。一本はどうしよう。ネズミ達に遭遇したら使ってみようかな?」
追記に書かれているように、彼らを難なく突破するには最初の一撃を外さずに、仲間を呼ばれる前にしとめる事が大切だ。けれど、それでは途方もない回数の死を覚悟する事は避けられない。もし力の草を使えば、一気にネズミ達を根絶やしにする事が出来るかもしれないが、技術を向上させる事は後回しになってしまう。
「でも……そんなに一杯、死にたくないよ」
はあ、と僕は小さい溜息をついた。
「チュー」
「……ゲ!」
見ると、そこにはやはり、憎き奴らのうち一匹がいた。どうやら、とうとう見つかったらしい。
「チュー、チュー」
「……こうなったら、おびき寄せて一気になぎ払うぞ!」
僕はネズミに向かって木の棒をあくまで当てるつもりで振り下ろす。案の定、奴はヒラリと身を避わした。そして、同族を呼ぶかのように高い声で鳴き続ける。
「チュー」
何度も何度も攻撃しては回避されるのを繰り返していくうちに、とうとう遠くから微かに声が聞こえてくるようになった。
「よし、逃げよう」
猛ダッシュで、騒音の聞こえない方へと向かう。
後ろからは沢山のネズミ達が僕を追って鳴き叫ぶ。まるで、大人しく降参しろとでも言われているような気分だ。でも、まだ立ち止まるわけにはいかない。
十字路やT字路に小部屋を上手く活用して逃げ続ける。幸いにも、スライムやゴブリンと遭遇する事は無かったが、僕の体力がそろそろ限界に達しようとしていた。
「はぁ、はぁ……そろそろかな」
僕は歩みを止めて後ろを振り返る。夥しい数のネズミ達が目前まで迫ってきていた。僕はポケットから力の草を一本取り出し、口に加えた。美味しくはない。むしろ苦いばかりで不味かった。けれど、飲み込んですぐに体の芯から力が湧いてくるような感覚を味わった。これなら、いける。
――タイムリミットは二分間。
「いくぞ!」
僕は自分に渇を入れて、木の棒を持ってネズミ達の群へと突進した。
「……な、何とか倒しきったぞ」
僕はふらふらとした足取りで、ネズミ達の亡骸が沢山散らばった通路を後にした。結論をいえば、僕は何とかネズミ達を全滅させる事に成功した。力が増したおかげで、木の棒のスイングスピードが増した為に攻撃が格段に当たりやすくなっていたのだ。一度に数十匹を巻き込むのはかなり痛快だったが、それ故に疲労感も半端では無かった。どうやら、派手に動いた分のツケは時間をおいて回ってくるらしい。
「……でも、これで少なくともこの回ではネズミ達に悩まされなくて済むぞ」
今まで探索していなかった場所を歩き回る。そして、ようやく僕は階段部屋を見つけ、重い足取りで地下八階へと上っていくのだった。