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「あーあ、回数切れか」
少年の盛大な溜息が耳に入り、僕は声の方向を振り返った。次の瞬間、少年の手に握られていたカードが紫色の火花を散らせながら燃え盛り、その焦げた残骸が地面へと散らばるのが目に映った。
「そういう便利なものがあったなら、最初から使っておきなさいよ」
「おいおい、そういう言い方は無いだろ」
不満げに発せられたミレナの言葉に、少年は心底ガックリしたように肩を落とす。
「これ、結構な代物なんだぞ。魔道具屋で買ったらどれだけの値段がするか……」
少年は名残惜しそうに首を振った。
「お前も旅してんなら知ってるだろ」
「そりゃ知ってるわよ」
しかし、ミレナは頬を膨らませて、
「けど、アンタがそれ使うの渋ってたせいで、アタシ達また捕まりかけたんだから」
「……最初会った時から思ってたけど、お前って本当になんかアレだな」
少年からジト目で見つめられ、ミレナは更に顔をしかめた。
「アレって何よ。アレって」
「なんつーかさ」
彼は先ほどとは全く印象の違う溜息を吐いた。
「図々しいというか、図太いというか」
彼女の眉間に皺が寄り始める。
「何ですって……!」
「ちょっとミレナ、駄目だよ」
また喧嘩が勃発しそうで居たたまれなくなり、僕は口を挟んだ。途端に彼女の鋭い眼光が向けられ、僕は自然と萎縮してしまう。どうも、彼女のこういう面は苦手だ。
「何よ、アンタまでコイツの肩持つつもり?」
「ええと、ミレナはあまり馬が合わない相手って思ってるかもしれないけどさ」
僕は真っ白になりかけている脳を必死に働かせて言葉を紡いだ。
「あったりまえでしょ。人がせっかく苦労して手に入れた宝を横取りしたんだから」
どうやら、前のダンジョンでの出来事を相当根に持っている様子らしい。
「そ、そうだけどさ。今回は助けてもらったんだから、素直に礼を言った方が良いんじゃないかなって。まあ、僕も知らされてなかったけど」
「すまん、すっかり言うの忘れてた」
僕の言葉に、少年はバツが悪そうに笑った。
「……うう」
渋い顔つきでミレナはしばらく考え込んでいたが、やがて小さく溜息をつきながら顔を真っ赤にしつつ、素っ気ない口調で言った。
「……分かったわよ。助けてくれてありがと」
「……まあな」
少年の方も照れくさいのか、しきりに頬を掻きながら明後日の方を向いて返事をしていた。
「でも、貸しじゃないからね。あのダンジョンでの出来事とでチャラなんだから」
「別にいいぜ、そういう事で」
「あの」
間を見計らって、エリシアが口を開いた。
「私からもお礼を言わせて下さい。ありがとうございます。二度も窮地を救って頂いて……」
感謝の念からか深く頭を下げる彼女に対する少年の反応はというと、
「いやあ、そんなに大した事はしていませんよ。アハハハハ」
と、ミレナに対するそれとは百八十度異なったものであった。再びミレナの怒りが増してきたのか彼女の顔つきが険しくなっていき、僕は内心冷や冷やものだったのだが、
「それで実は私から、お願いがあるんです」
という、エリシアの言葉にひどく興味を引き付けられた。それはミレナの方も同じだったようだ。少年もまた、驚いたように目を瞬かせて改まった表情を浮かべたエリシアを見つめていた。
「えっと、その、何だよ。そのお願いって」
どもりながら、少年が訊ねる。やがて、エリシアが困ったような笑みを浮かべ、おずおずといった様子で口を開いた。
「あの、私達の荷物を取り戻したいんですけど……」
あれから。カードで転移した森が近くだった事もあって、僕達は例の抜け道から睡眠薬入りの食事を取らされた村の中へと潜入した。結構な重さがあったせいか、荷物が置き去りにされて村の倉庫に保管されていたのは不幸中の幸いだった。道中、何人かの村人に出くわしもしたが少年とミレナが荒っぽい方法で眠らせた。そして、何とか僕達は自分達の荷物を洞窟まで運ぶ事に成功したのだった。
「良かったね、荷物が見つかって」
「本当よ。アタシの剣も取り戻せたし」
洞窟の中に座り、心底安心している様子で鞘を撫でさすっているミレナに、僕は何となく訊ねた。
「もしかして、結構その剣に愛着あったりするの?」
「え?」
途端にミレナがギクッとした様子で硬直する。
「いや、だって。なんか上機嫌だし」
「べ、別にそんな事はないわよ」
声の調子に不自然な明るさを感じ、僕は首を捻らずにはいられなかった。
「なんでそんなに慌ててるのさ」
「いや、全然慌ててなんかないわ。これっぽっちも」
――絶対、なんか隠してる。
僕は疑惑の眼差しを彼女に送らずにいられなかったが、
「あの……荷物を取り返して頂き、本当にありがとうございました」
というエリシアの言葉を聞いて振り返らざるを得なかった。見ると、再び丁寧なお辞儀をしている彼女と、赤面しながら応答している少年の姿がある。
「それで、良かったらもう一つお願いを聞いて頂けないでしょうか」
「え、もう一つ?」
「はい」
エリシアは先ほどのように一瞬間を置いてから切り出した。
「その、良ければ私達の旅についてきて頂けないでしょうか?」




