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「何、アンタがコイツらの親玉ってわけ?」
ミレナが啖呵を切ると、銀髪の男はくっくと笑い声を洩らした。そして、
「ふん、なかなか威勢の良い小娘だな」
と、余裕の表情で僕達四人を順に見回す。その視線が少年の所で止まり、男は眉を釣り上げながらも不敵に唇の端を歪めた。少年もまた、険悪な表情で男を睨み続けている。
「なるほどな……手引きしたのはお前か」
「さあ、どうだろうな」
「うちの奴らに化けてこの砦に潜入したみたいだが、お前が着ている服の持ち主達はどうした?」
「誰が教えるかよ」
「ふん、相変わらず可愛くねえガキだぜ」
だが、と男は大袈裟に溜息をついた。
「どうやらお前らは自分達が置かれている状況を正しく理解出来ていないらしいな。お前達の逃げ道は既にない。大人しく降参した方が身の為だぞ」
「けっ」
男の言葉に反抗するかの如く、少年は唾を吐く。
「誰がお前なんかに降参するかよ」
「そうよ、アンタみたいなごろつきの言う事なんか信じないわ」
少年とミレナの言葉に、男はふんと大きく鼻を鳴らし、残忍な笑みを浮かべた。
「それじゃあ、交渉は決裂ってわけだ」
男は背負っていた剣を手にしながら、大声で叫ぶ。
「女は生け捕りにしろ! 野郎は殺せ!」
次の瞬間、ごろつき達の歓声にも似た雄叫びが四方八方から響き渡った。
――万事休す、だ。
僕は悔しさから歯軋りをした。元々立てていた作戦では、この砦に潜入して二人を救出した後、僕達は速やかにこの場所を離れるつもりだった。内部がここまで複雑な構造をしているとは夢にも思わなかったのだ。今や通路という通路はごろつき達で埋まりきっていて、僕達が突破する隙間すらないほどである。正攻法で突破しようとしても、恐らく不可能だ。こちらは四人しかいない上に、満足に戦えそうなのはミレナと少年の二人のみで、しかもミレナは自らの剣を持っていない。僕は戦いなんて無理だし、エリシアだって同じだろう。
僕の頭の中には、この状況を打開出来る策なんて何一つ思い浮かばなかった。
だが、僕達の中に一人だけ、このような絶体絶命の状況に不釣り合いの表情を見せている者がいた。
「ちえっ、仕方ねえな」
少年は余裕しゃくしゃくと言った顔つきで溜息混じりに呟くと、懐から何かを取り出す。それを見て、僕は小さく声を上げずにはいられなかった。
「あっ」
そして、その道具は僕だけではなく、銀髪の男にも大きな衝撃を与えたようであった。勝ち誇った笑みは即座に消え失せ、男は慌て気味に部下達へ叫ぶ。
「マズい! 早く捕まえろ!」
「みんな、俺にしがみつけ!」
少年の発した突然の命令に、ミレナとエリシアは一瞬だけ戸惑った様子であったが、すぐにその真意を察したらしくその指示に従う。僕もまたそれに倣った。
「急げ! 逃げられちまうぞ!」
ボスの叫び声を受け、ごろつき達が一斉に僕達めがけて突っ込んでくる。その様子を見ながら、少年は不敵な笑みを浮かべて手に持っている『それ』をかざした。
――かつて宝物庫で僕達から逃げる時に使用した、紫色のカードを。
「それじゃ、さよなら~」
どこか聞き覚えのある台詞を少年が発した後、僕の体はカードから発せられた閃光に包まれていく。眩しさに両目を瞑ったが息を継ぐ暇もなく、また新たな感覚が僕を襲った。まるで、体が回転しながら高速で空を舞っているように感じられ、少年の腕を掴んでいる手を離してしまえば、そのままどこか未知の場所へと放り出されてしまうような気がした。僕は振り落とされないよう、必死の思いで少年にしがみつきながら、この心地よいとはお世辞にも言えない状況が収まるのを辛抱強く待った。
それは少年がカードを使用してから間もなくの事だったかもしれないし、随分と時間が経ってからの事だったかもしれない。急にフッと体に重力が戻った気がしたかと思うと、僕は柔らかい地面に盛大に尻餅をついた。
「いたっ!」
耐え難い激痛に襲われ、思わず僕は少年の手を離してしまった。やがて、僕は手で打ちつけた場所をさすりながら自然と目を開く。眩しい太陽の光が射し込む中、沢山の大木が僕達の周囲で高くそびえ立っていた。チュンチュンと小鳥のさえずる音色がしたかと思うと、虫のわななくような声が耳に届いてくる。僕が無様な格好で着地したのは土の上で、それが不幸中の幸いだったかもしれない。近くに倒れているささくれだった枯れ木の上に転移していたら、恐らくは更に酷い怪我を負っていただろう。
見渡す限り、ずっと木々ばかりの風景が続いている事から考えて、僕達はどうやらあの砦をカードの力で脱出し、どこかの森の中へと転移してきたらしい。他の三人も僕からそう離れていない所に倒れていた。無事に難なく着地出来たのは少年だけのようで、女性陣二人も僕同様に体のどこかしらを痛めている様子であった。けれど、取りあえず全員がはぐれる事なくこの場にいる事だけは事実だ。
――みんな、助かったんだ。
実感と共に強ばっていた全身の力が抜け、僕の心は深い安堵感に包まれていくのだった。




