19
「くっくっく」
僕が二人に声を掛けようとした矢先、少年が含み笑いを洩らした。先ほどと同様、あくどそうな作り声である。
「麗しいお嬢さんと生意気そうな小娘とは、実に不釣り合いな組み合わせな事で」
麗しいお嬢さんは黙ったままであったが、生意気そうな小娘の方はキッとした目つきで顔を上げた。どうやらやはり狸寝入りだったようだ。
「何よ、下っ端の癖に随分偉そうね」
「そちらは自分の立場をお分かりになってらっしゃらないようですね」
「ふん、下っ端の癖にアタシを脅迫するつもり」
「ねえ、もうやめなよ」
たまらず僕は口を挟む。そして、その声で彼女たちもようやく気がついたらしい。
「……え?」
ミレナは素っ頓狂な呟きを洩らしながら不思議そうに目をパチクリとさせ、エリシアは伏せていた顔を上げた。僕は黙って被っていたフードを脱ぐ。途端に二人の表情が明るくなった。
「助けにきてくれたんですね!」
「ちょっとエリシア、声が大きいわよ。聞かれたらどうするの」
「あ、ごめんなさい」
ミレナに注意され、エリシアは口を閉じる。しかし言葉には出さなくとも、その両目には紛れもない感謝の輝きが映っていた。
「でも」
と、ミレナは僕から視線を移し、まだフードを被っている少年の方を訝しげに凝視した。未だかなり怪しんでいる様子が見てとれる。
「誰よ、そっちのいけ好かない奴は」
突っ慳貪な言葉に、彼は肩を竦めてくっくと笑った。
「あーあ、せっかく助けに来てやったっていうのに随分な言われようだぜ」
少年が素顔を露わにすると、またもや二人の目が驚きに見開かれる。
「貴方は……」
「アンタ、トンガリドロボーじゃない!」
「おい!」
ミレナの言葉に、少年は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「誰がトンガリドロボーだ!」
「うるさいわね! ツンツン頭の癖して偉そうに!」
「何だとお!」
二人の喧嘩はどんどん激しさを増していく。このままでは絶対にマズいと僕は直感した。これ以上騒ぎが大きくなれば、誰かがこの状況を聞きつけて様子を見にやってくるかもしれない。そうなれば今後の行動に支障が出てしまう。
「お二人共……」
僕が口を開こうとしたその時、エリシアがおずおずと口を開いた。
「私が言える事じゃないですけど、声は少し抑えた方が」
「……う」
先ほど自身が注意した事を指摘され、ミレナはばつが悪そうに口を閉じる。少年も同様だった。
「とにかく、だ」
気を取り直した様子で、彼は話を始めた。
「一刻も早くここを出ようぜ」
「そうだね、いつバレてもおかしくないし」
「でも、これどうすんのよ」
ミレナが自身の手足の自由を奪っている鎖をぶらぶらと振った。
「アタシもエリシアも、これのせいで動けないのよ」
「鍵はどこにあるんだ?」
「分からないです……」
少年の質問に、エリシアが落ち込んだ様子で首を振った。
「気づいた時にはここにいて、鎖をつけられていたので」
僕は部屋の中を見渡す。室内には見張り用の椅子と小さなランプ以外に何も無い。恐らく、常日頃から監禁用として使われる場所なのだろう。視界のほとんど壁という殺風景な場所なので、ここに鎖を解除する鍵が置かれていない事はすぐに分かった。となると、僕達が次にすべき事は自ずと決まる。彼女達の枷を外す為の鍵を、この砦の中から見つけださなくてはならない。
「ちょ、ちょっと!」
ミレナの焦ったような声が聞こえ、僕は驚いてその方向を向いた。見ると、少年がしゃがみこんで彼女の足を持ち上げている。ミレナは顔を真っ赤にして身動き不自由な両足をばたつかせ、彼の手を振り払おうとしていた。
「何すんのよ! この変態!」
「おい、動くなって。イテテ!」
両足で勢いよく蹴りつけられそうになり、少年は慌てて身をかわした。
「止めろって! 誤解だっつの!」
「何が誤解よ!」
結局、またもや怒鳴り合いが再開してしまっている。
「別にお前に興味なんかねえよ。鎖を外そうとしてるだけだ」
今までにないほど真剣な口調で少年は告げる。その様子に真剣さを感じ取ったのか、ミレナの方も落ち着きを取り戻したらしい。
「でも、鍵がかかってるのよ? 一体どうするっていうのよ」
「おいおい、曲がりなりにも盗賊家業を続けてきた俺を舐めてもらっちゃ困るぜ」
彼は不敵な笑みを浮かべつつ、懐から何かを取り出す。それは細い針金のような道具だった。
「準備完了っと。今度こそじっとしてろよ」
ミレナに念を押して、少年は彼女の足を封じている鎖を何やら道具でいじくり始める。彼女は眉をひそめながらも、彼の指示に従って一言も発せずに、足下で繰り広げられている作業の様子を眺めていた。僕とエリシアもまた、彼の動作の一つ一つを神妙に見守る。
そして、しばらく経った頃。カチッという小さな音と共に、ミレナの両足が鎖から解放された。驚愕の表情を浮かべるミレナとエリシア。僕も恐らくは同じような面持ちをしているだろう。三人の視線を受け、少年は照れたように髪を掻きながら笑った。
「それじゃあ次は手を出してくれ、頭に血が上りやすい女戦士さんよ」




