17
「ねえ、本当に良いのかなあ?」
「なんだよ、助けに行くんだろ?」
「でもさ」
僕は路傍の草むらに放置されている二人組を見やる。彼らは衣服を剥ぎ取られ、パンツ一丁という格好で両手両足を紐でグルグル巻きにされていた挙げ句、口まで縛り付けられていた。時折、声を上げようと試みているらしいが、くぐもった唸り声が僅かに漏れているのみだ。
「お前だって村で同じような目に遭ってたじゃねえか。仕返しだと思えば良いんだよ」
「けど……」
いくら悪人とはいえ、目に涙を浮かべて抵抗している様を眺めていると良心がチクチクと痛む。そんな僕に対し、既に着替えを済ませている少年は小さく溜息をついた。
「そんなに心配しなくても良いって。この場所はアイツらがよく通りかかるし、時間が経てば見つけてもらえるだろ」
それよりも、と少年は厳しい表情で僕を見た。
「これくらいの事でいちいち心痛めてたら、お前が助けたい人も助けらんないぜ」
彼の言葉に、僕はハッと気づかされた。こうしている間にも、ミレナやエリシアが危険に曝されているのだ。僕達は絶対に彼女達を助け出さなければならない。何としてでも、だ。
僕は自然と、自らの手を強く握り締めていた。
変装を済ませ、僕達は砦へと向かった。両手には本物の新入り達が運んでいた荷物を抱えている。顔はフードでしっかり覆ってしまっていた。僕達の顔を知っている者がいる事を危惧し、少年が提案したのだ。門が近づくにつれ緊張が高まり、僕の心臓は強く脈打ち始めた。
――いきなり見破られたら、どうしよう。
少年には出来るだけ平静を保っておくように忠告された。怪しい挙動をしていれば、彼らに変装がバレてしまうかもしれないからだ。けれど、心に留めておくだけで落ち着いていられるなら、こんなに苦労はしない。
――平常心、平常心……。
余計な事を考え過ぎないよう、心の中で一心不乱に呟いているうちに、僕達は門に到着してしまっていた。
「あれ、お前ら新入りか?」
案の定、僕達は見張り達に呼び止められ、彼らは僕達の前に立ち塞がった。無視して中へと入ろうとするわけにもいかない。僕達は足を止める。
「へい、そうですぜ」
作り声で少年が言った。
「しかし、お前らみたいなガキの新入りがいたっけな」
「何寝ぼけた事言ってんですかい」
と、彼は手に抱えた荷物を左右に小さく振った。
「酒を調達してきて足腰クタクタなんです。早いとこ休ませて下せえ」
「そうだな。引き留めて悪かった。荷物を運んだらゆっくり休めよ」
あっさり門番は引き下がり、道を開ける。
「ありがてえです。見張り頑張って下せえ」
小さく頭を下げる少年。慌てて僕もそれに倣った。そして、僕達は堂々と門をくぐる。
――バレなくて、良かったあ。
僕は心の中で安堵した。取りあえず、第一関門クリアだ。
正直言って、砦の中はそんなに異質な雰囲気というわけでも無かった。ろくに掃除もしていないようで埃だらけだし、ゴミはそこら中に落ちているけれど、ある意味では生活感に溢れているといえなくも無い。ごろつきのアジトという事で緊張して足を踏み入れたのだが、入り口近くの庭に干してある男物の下着を見た時、僕は何となく拍子抜けしてしまった。意外と、賊のアジトは庶民的な場所であるらしい。
内部は入り組んだ通路になっていて、そこらかしこに小さな部屋が存在している。その大部分は彼らの寝室となっているようで、ふと一室を覗き込むと数人の男達がいびきをかいて睡眠を貪っていた。
「……やべ」
しばらく通路を歩いた後、少年が焦りの表情を浮かべ、か細い声で呟いた。
「この荷物、どこに運べばいいんだ?」
「あ」
思わず僕も小さく声を上げてしまう。その通りだ。今まで何となく通路を歩きながら捕らわれの二人を探していたが、ずっと酒やら何やらを手に抱えていれば怪しまれるに違いない。かといって、今の時刻は夜明け前で、ほとんどの人間は眠りに落ちている。起きているのは外の門番くらいだ。
そして、彼もまた同じ考えに至ったらしい。
「引き返すか」
「そうだね」
彼の提案に僕は同意し、僕達は来た道を戻り始める。その時だった。
「わっ!」
「うおっ!」
僕達は角を曲がってきた人物に思わずぶつかってしまった。
「おい、気をつけろよ」
「す、すいません」
「面目ねえです」
謝りの言葉と共に頭を下げ、相手の顔を見る。その瞬間、僕の心臓は飛び出るくらいに跳ね上がった。恐らくは隣の彼も同じ感覚に陥っただろう。僕達と鉢合わせしたのは、ローリエンでいざこざを起こした三人組の一人だったのだ。
「なんだお前等、新入りか」
「へ、へえ。そうです」
「ふーん。しっかし深くフード被ってんな」
どうやら幸いな事に、相手は僕達の正体に気づいていないらしい。
「あの、ちょっとお聞きしたい事があるんですが」
作った声色で、少年が男に訊ねる。
「ん、なんだよ」
「この荷物、どこに運べば良いんですかね? ちょっとド忘れしてしまいまして」
「食料倉庫に決まってるだろ」
「すいません、倉庫の場所も分からなくって」
「ったく……ついてこいよ」
面倒そうに髪を掻きながら、男は通路を歩いていく。僕達は顔を伏せ気味にしてその後に続いた。




