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「それにしても……少し寒いな」
「ああ、最近はよく冷え込む」
扉の向こうで二人組が会話しているのを、僕は半ば放心状態で聞いていた。あれから良い案も思い浮かばず、僕は自由を奪われたままずっと小屋の中に転がっている。ミレナとエリシアは無事だろうか。そんな不安ばかりが波のように心に押し寄せてばかりいた。そして、何も出来ない自分が歯がゆくて仕方がなかった。
目覚めた時よりも小屋の中の暗さは増していて、月光頼りの視界もいっそう曖昧となっている。時刻はもう深夜だろう。朝が来て準備が整えば、きっと僕は殺されてしまうに違いない。そうなれば彼女達を助け出す事すら夢のまた夢だ。だが、今の僕に一体何が出来るというのだろう。僕は自らの境遇に希望を見いだせずにいた。
しかし、助けと呼べるものはあまりに予想外な形で現れる事となったのだ。
「お、お前は!」
見張り達が立ち上がる物音がして、慌てた様子で男の一人が叫んだ。あまりに急な出来事だったので、僕は反射的に扉の方へと視線を移してしまった。だが、当然の事ながら固く閉ざされているので外の様子を窺い知る事は出来ない。僕に許されているのは外の騒動に耳を澄ませる事だけだ。
「またノコノコ現れやがったのか」
もう一人の男が吐き捨てるように言うのが聞こえた。そして、
「まあね。食料は大事だし」
と、二人組とはまた別の声がした。若い男の声だ。僕はその声質に引っかかるような感覚を覚えた。どこかで聞いた事があるような、そんな感じがしたのだ。
「この盗人め」
「あれ?」
若い男は見張りの二人を馬鹿にしたように、
「その盗人とやらにこき使われているのはどこのどなた達だっけ?」
と、語尾を上げて質問する。その態度がどうやら男達の怒りの琴線に触れてしまったようだった。
「黙れ! 今日こそは逃がさんぞ」
「へえ」
弾むような口笛の音色が聞こえてきた。
「それで今日はいつもと違ってこんな夜遅くまで見張ってたってわけ?」
「ふん、どうだろうな」
「もしかして、俺に何か隠してたりする」
「お前みたいなクソガキに話す事なんてない」
「その様子だと、ビンゴっぽいね……まさか、アイツらに命令されてあくどい事やってんじゃねえだろうな」
若い男が飄々とした態度からだんだんと語気を強めていき、扉の向こうで見張り達が唾を飲み込む音が聞こえた。そして、僕は閃いたのだ。
――もしかすると、これはチャンスかもしれない!
「助けて!」
口を布等で覆われていなかったのが為に、僕は大きな声で助けを求める事が出来た。恐らく、村の中なので声まで封じる必要は無いと判断されていたのだろう。それが不幸中の幸いだった。
「なっ!」
扉の向こうで男達が驚きの声を上げたかと思うと、
「なるほどね」
と、冷たい響きを含んだ呟きが聞こえてきた。
「監禁ねえ……とうとうアンタらも一線を越えたってわけだ。王の奴らに知られたらどうなるだろうな」
「ふん。すぐに証拠は無くなるさ」
「俺が都の奴らに入れ知恵するかもしれないぜ?」
「なら……お前もまとめて始末してやる!」
唸り声と共に、二人組が走り出すのが聞こえた。そして、鋭い何かが空を切り裂くような音がしたかと思うと、金属と金属がぶつかる甲高い音が辺りに響き渡る。それはまさしく刃物を使った殺し合いの雑音だった。僕は息を飲んで扉の向こう側で繰り広げられているであろう戦闘の様子をただ見守る。
やがて、二人の人間が地面へ叩きつけられる鈍い音がして、辺りを静寂が覆う。
――どっちが勝ったんだろう。
僕の心に一抹の不安がよぎった。もし、若い男が勝利していれば僕は助かるかもしれない。けれど、もし負けてしまっていたら、倒れた二人のうち片方が彼だった場合はどうなるか。叫んだ為に意識を取り戻している事がバレているのだから、恐らくは今よりも警備が厳重になってしまうに違いない。最悪、この場で殺される事も有り得る。
やがて、扉がガチャガチャと音を立てて揺れ、ゆっくりと開いた。僕は祈るような思いで小屋の中へと足を踏み出す人物を待った。
そして。
「あれ、お前って」
結論から言えば、僕にそう語りかけてきた人物は見張りでは無かった。僕は安堵感噛みしめるより先に、驚きから目を見開いた。入ってきたのは宝物庫やローリエンで出会った、あの少年の盗賊だったのだ。右手には銀色に輝くナイフが握られていて、恐らくはそれで見張り達と戦ったのだろう。外に目をやると、大人の村人二人組は気絶して地面に倒れてしまっていた。
「少し眠ってもらっただけさ。死んじゃいない」
僕の視線の先を目で追いつつ、少年は言った。そして僕に向き直ると、肩を竦めつつ、
「それにしても驚いたぜ。誰が捕まってるのかと思ったらお前かよ。なんかつくづく縁があるよな」
「う、うん」
「ちょいと大人しくしてろよ」
と、少年は僕の側に屈み込むと、手に持っているナイフで僕を縛っていた縄を慎重に切っていく。僕は彼の邪魔をしないように、じっとしてその作業が終わるのを待った。




