13
冷たさを含んだ夜の風が頬を撫でる感触を受け、僕は目が覚めた。一番最初に気づいた事は、身体が満足に動けなくなっている事だ。縄で両足と両腕を縛られているらしい。手は背中の方に回されて固定されていて、力を入れても結び目は解けそうでは無い。しばらく頑張ってみたが、僕はやがて自らを縛っている縄と格闘するのを諦めた。
僕が捕まっているのは小さな物置の中らしく、辺りには様々な物品が保管されている。穴だらけの天井から月の光が射し込み、そのおかげで視界はほんのりと明るかった。野菜がうず高く積み上げられていたり、歯が欠けている上に錆びていて使い物にはならなそうな鎌やら鉈やら、農作業に使う道具が僕の手の届かないあちこちに散らばっている。だが、僕の他に人影は見当たらなかった。ミレナとエリシアはここに捕まってはいないようだ。ひょっとすると、彼女達はあの状況から何とか逃げおおせたのかもしれない。そんな希望を持ちかけた時、固く閉ざされた扉の向こうから声が聞こえてきた。
「あー面倒くせえな」
声質から察するにどうやら大人の男性のようだ。恐らくは村人だろう。
「しょうがねえだろ、村長からの直々のお達しなんだから」
今度は先ほどと別の声が聞こえてきた。どうやら、外にいるのは一人では無いらしい。恐らく、僕が逃げ出さないように見張っているのだろう。物音は立てていないのだから、まだ僕が目を覚ましている事には気がついていない筈だ。僕は会話を拾おうとしてドアの向こうに耳を澄ませた。さっぱり意味が分からない状況を理解する為に少しでも情報が欲しい。
「けど、いい加減に嫌になるぜ」
「何がだ」
「アイツ等に好き勝手されてる事だよ」
扉の向こうで、地面に唾が吐かれるような音がした。
「ここは俺達の村だぜ。なんであんなならず者達に好きにされなきゃならねえんだ」
「しょうがねえだろ。割り切れよ」
もう片方の男が宥めるように言った。
「村長が頷かなきゃ、俺達は今頃切り刻まれて畑の肥料だったんだ。俺達にあの人を責める権利はねえ」
「だけどよ……」
「とにかく、今は俺達に与えられた仕事をしっかり果たす事だけを考えようぜ」
「……そうだな」
「それにしても、あの女の子達も可哀想なもんだな。野蛮なごろつきの集団なんかに目をつけられて」
「話によるとどっかの町で一悶着したらしいぜ。その時に目的地が王都だってのを知って、俺達の所に命令しに来たってわけだ」
「戦士と僧侶の格好をした娘と貧相なガキの集団を見かけたら捕まえておけってか」
「ああ」
「そういや娘達はどうしたんだ?」
「何でもアジトに連れて行かれたらしいぜ」
「じゃあ、この中のガキはどうするんだよ」
「コイツは大して興味が無いらしい。村で好きにしろだとさ」
「好きにって……こんなに貧弱な体つきじゃ仕事にも駆り出せねえじゃねえか」
「解放してこの村の秘密をペラペラ喋られても困るし、明日にでも始末する事になるだろうさ」
「ったく、こんな事に加担してるなんて知られたらって思うと恐ろしくなるぜ」
「王国軍がやってくる羽目になるかもな」
「あのクソ生意気な食料泥棒にも気取られないようにしないとな」
「そういや奴が最後に盗みに来たのは一ヶ月ほど前だったか」
「今夜に来たらとっつかまえてやる」
――ど、どうしよう。
それ以上、僕は見張り達の話に注意しておく事は出来なかった。心の中に大きな不安が押し寄せてきたからだ。先ほどの会話で、僕は朧気に事の内容を把握する事が出来た。つまり、この村は僕達がローリエンで出会った柄の悪い男達の属する集団の言いなりになっていて、それで僕達を捕まえたのだ。僕達三人を見た時に動揺していたのも、それで納得がいく。
そして、ミレナとエリシアは恐らく彼らのアジトに連れていかれてしまったに違いない。そして、僕は明日にでも殺される身分だ。一刻も早くここから脱出して彼女達を助けに行かなければならない。けれど、どうすれば良いのだろう。今の僕は手足を縛られて動けないし、たとえその傷害をクリアしたとしても唯一の出入り口である扉は二人組の男達の厳重な警備下だ。小屋の中に放置されている農具を振り回しても到底かなう相手では無い。
せめて、どうにかして身体の自由を取り戻せないかと僕は辺りを見回す。農具の刃で擦る事で縄を切れないかと考えたのだが、不幸な事に道具類は全て僕の位置から遠い場所に落ちていて、見る限りでは全て肝心の刃が錆び付いてしまっている。取りあえず近づいてみるかとも考えたが、下手すれば地面を這いずる物音を外の彼らに聞かれてしまう。そうなれば警戒が更に強まってしまうのは明白だ。
そして、頭の中で必死に脱出策を考えているうちに、僕は気づいてしまったのだ。全てが八方塞がりな事に。
――一体、どうすれば良いんだよ。
僕に許されたたった一つの行動は、声にならない声を心中で呟きながら途方に暮れる事だけだった。




