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「ねえ、アタシ今すっごく不安なんだけど」
「何がですか?」
「この料理に毒が入ってないかって事」
ミレナは眉を潜めて目の前のテーブルに乗っている皿の数々を見回した。どれにも野菜をふんだんに使ったヘルシーな料理が載せられている。あれから僕達三人は村長に村外れの小さな小屋まで案内された。そして今、しばらく時間をおいてからやってきた村人が運んできた食事を前にしているというわけだ。
「流石に……そこまでは無いんじゃない?」
僕がそう告げると、ミレナはキッした目つきで僕を睨んできた。
「どうしてそう言い切れるのよ」
「だって、一応僕達この村には来たばっかりだし、見ず知らずの人にいきなり毒を盛る真似はしないんじゃないかなって」
「けど、明らかに態度が異常でしょ。何でその見ず知らずのアタシ達に変な視線寄越すのよ」
「それは多分、余所者が珍しいとか……」
「珍しそうってどころじゃないわよ。まるで」
そこでミレナは一旦言葉を切り、声を潜めて言った。
「指名手配されてる極悪人を目にしたみたいな反応だったわよ」
「……まあ、確かにね」
そこは僕も同意せざるを得なかった。歓待する素振りを見せているとはいえ、彼らの対応は常識的なそれとは明らかにかけ離れている。
「でもさ。仮にミレナの言う通りにこの村の人々が僕達を敵視しているとして。その理由は全く分からないよ」
「そうなのよね」
僕の意見に同調する言葉を述べつつ、ミレナは肩を竦めた。
「アタシ、今まであくどい事なんてした事無いし。この辺りに知り合いなんていないし。アンタはそもそも記憶喪失だし……って」
ミレナの目つきがとても訝しげなそれになった。
「アンタ、記憶失う前に何かとてつもない事やらかしたんじゃないでしょうね」
「い、いや。そんな事無いって……多分」
「多分。百パーセントじゃないってわけね」
「だって記憶失う前の事なんか分かんないよ」
「でも、仮にアンタが全く関係ないとすると」
ミレナは頬を掻きつつ、不安げに沈黙を保っている少女の方へと視線を向けた。
「可能性がありそうなのは、エリシアだけになるのよね」
「わ、私ですか!?」
「だって、アタシとコイツ除外したらアンタしか残らないじゃない」
「私だって、悪い事した事無いですよ。この辺りにも初めて来ましたし」
「そうでなくとも、ほら」
と、ミレナは右手人差し指を立てながら言った。
「アンタが王都で済ませなきゃいけない用事に関係があるかもしれないし」
彼女の言葉に、エリシアはハッとした表情を浮かべた。しかし、すぐにその顔は曇っていく。ミレナはそんな彼女の態度を不審に思ったのか、
「ねえ、秘密な事ってのは知ってるけど、せめてこの変な雰囲気に関係ありそうかどうかくらいは教えてくれても良いんじゃない?」
と、身を乗り出して彼女を問い詰める。しかし、エリシアは小さく首を横に振った。
「分からないんです」
「分からないって……どういう事?」
「その、この件に私の事が関わっているのかどうかが」
「え」
ミレナは戸惑ったように目を瞬かせた。そして僕もまた、首を捻らずにはいられなかった。
「どうして?」
「私も詳しい事は知らされていないので」
「それって」
僕は二人の会話に割り込んだ。
「エリシア自身も自分の『用事』がどういうものなのかは全部分かっていないって事なの?」
「……はい。私が王都でやらなければならない事は分かってるんですけど」
しょんぼりと頷く彼女。それに対し、ミレナは肩を竦めた。
「なんか、すっごくヤバそうな『用事』って感じね。でも、結局ここの人達がなんでアタシ達に対してあんな態度を取っているかは分からずじまいか」
「けど、あまり悩んでいてもしょうがないんじゃないかな。取りあえず今日はここに泊まって、明日の朝にはお礼だけ払って出発してしまえば良いし」
「それもそうね」
あっさりとミレナは同意した。彼女もまた余計な気苦労を抱えるのに飽き飽きしていたのだろう。
「それじゃ、ご飯食べちゃいましょうか。早く食べないと冷めちゃいますし」
エリシアの提案に、再びミレナの表情が曇る。
「でも、やっぱり何か毒とか入ってないか不安だわ」
「見た目は美味しそうに見えるけど」
「毒入りって外見だけで判断出来たら死人は沢山出ないわよ」
「でも、流石に農村の人々は毒なんか持っていないと思いますし。それに美味しそうですよ」
「腹が減っては戦は出来ないと言うし」
「うむむ」
結局、色々と議論を白熱させた末、空腹を抑えられなくなったミレナはついに折れた。そして、僕達はテーブルに並べられた色鮮やかな料理を次々に口へと放り込む。
「あ、これ美味しい」
「自然の味って感じですね」
「ちょっと! それアタシの!」
そんなこんなで僕達は絶品な味わいの数々に舌鼓を打ち。
「なんだか眠くなりました……」
「あれ……僕も……」
「だからアタシ言ったじゃない……」
全員が急激な睡魔に襲われ、頭を床に打ち付けたのを最後に僕の意識は途絶えた。




