11
「うーん……」
「エリシア、どうしたの?」
果て無く続く草原の中を歩き続けている最中、例によって僕に手荷物を背負わせまくって前を歩いているミレナが、地図と睨めあいを続けている隣の彼女にそう声をかけた。
「いえ、地図によるとこの近くに村があるみたいなんですよ」
「えっ、どこどこ」
エリシアの応答を受けたミレナの目が爛々と輝いていく。どうやら興味津々のようだ。ずっと徒歩の移動が続き、住居の寝床やらが恋しくなったのだろう。勿論、それは僕にも当てはまる。というよりかは、彼女達よりも酷い負担を強いられている僕の方が安らかな睡眠を切望しているのであった。
「えっとですね」
エリシアは手に持った地図を広げてミレナや後方の僕から見えやすい位置に構えると、その一点を指し示した。
「ここが私達の進んでいる道です。そして……ここがその村なんです」
「あ、本当ね。近くだわ」
「はい。それで探しているんですけど」
ミレナは辺りを見回す。
「確かにそれらしい村は見当たらないわよね……」
「多分、もうそろそろ見える頃だと思うんですけど」
しばらく、各々が周りに視線を向けつつ黙々と歩く時間が続いた。そして数十分が経った頃。
「あ」
僕は思わず呟いていた。すかさずミレナとエリシアが振り返る。
「どうかしましたか?」
「何か見つけた?」
「ほら、あれ」
僕が二人に指し示したその先には、視界の端に辛うじて映る村の影があった。
「これでようやく休めるわね」
「久しぶりに布団で眠れると良いのですが」
「荷物投げ捨ててベッドに倒れ込みたい……」
僕達はそれぞれ期待に満ち溢れた言葉を吐きながら、村へと一歩一歩近づいていく。
「でも、どこにも泊めてもらえなかったらどうしましょう」
「まあ、その時は力ずくで泊めてもらうだけよ」
「え、ええ」
語尾を強めて瞳をキラリと光らせたミレナの言葉に、エリシアは慌てふためいた様子で言った。
「そ、そういうのは駄目ですよ。暴力反対です」
「冗談よ、冗談」
冗談に見えなかったのは僕の気のせいだと思いたい。
ともかく、そんなこんなで話をしながら歩いているうちに、僕達は村の入り口まで辿り着いていた。凶暴な魔物や野生動物の進入を防ぐ為に作られているであろう簡素な柵が村を覆っていて、その一部だけが人の出入りを許す門になっている。そこから中へと入ると、辺り一面には広大な畑が広がっていて、何十人もの村人達が桑やら何やらを持って仕事に勤しんでいた。しかし、来訪者に気がつくと誰もがその手を止め、じっと僕達の方を凝視し始める。
勿論、旅始めの頃とは違い、そういった好奇の視線には僕もだいぶ慣れてきていた。大なり小なり、僕の訪れた二カ所の村と町でも似たような反応をされていたからだ。
しかし今、僕は村人達から妙な気配を感じ取っていた。僕達を物珍しく観察しているよりかは、探るような目つきでこちらを見ているような気がしてならないのだ。しかも数人は明らかにハッとした表情を浮かべている。何かがおかしいと思わざるを得なかった。どうやら他の二人もこの只ならぬ雰囲気を感じ取っているようで、顔に緊張を走らせている。やがて、
「あの……」
と、エリシアが側にいた五歳くらいの女の子におずおずと声をかけた。しかし、彼女は途端に身体を強ばらせ、僕達を怯えたような視線で見回すと、すぐに後ろを向いて走り去っていってしまった。
その様子を見送った後、ミレナが口を開く。それはとても細い声だった。
「……ねえ。ちょっと雰囲気、おかしくない?」
「うん、僕もそう思う」
「もしかしたら、余所者をあまり歓迎しない村なのかもしれませんね」
けれど、いつまでもこうして突っ立っているわけにも行かず、僕達は突き刺さるような視線を受けながら広大な畑に浮き出るようにして存在する道を歩いていき、彼らの住居が存在する場所まで辿り着いた。すると、そこには年老いた白髪の老人が立っていた。周りを他の人々が囲んでいる様子から察するに、恐らく僕達が訪れている事を誰かから聞かされて出てきた村長だろう。
「ようこそ、旅人の皆様」
村長はどこかぎこちない笑みを浮かべて、過度によそよそしい声をかけてきた。
「私達はお若い訪問者様方を、心から歓迎致します」
――どう転んでも、歓迎してるようには見えないけどなあ。
僕は心の中で、そう呟いた。
「さあ、こちらへどうぞ」
と、村長が僕達を促すように手で行き先を示した。
「こちらの方に来客者用の家があります。今夜はそこでお過ごし下さい。後で誰かに美味しい食事を持ってこさせましょう。ここの作物は太陽の光を一心に浴びていますから、味も格別なんですよ」
指示に従い、僕達はミレナを先頭にして村長の後に歩いていく。村人達がその後ろに続いた。まるで、退路を塞がれたような錯覚と漠然とした不安を僕は心中に抱き始める。
「やっぱ、なんかおかしいわよ」
僕の前で、ミレナが僕達にしか聞こえないくらい小さな声でそう呟くのが耳に届いてきた。




