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「私の住んでいた村……ですか?」


 瞬きをする彼女に、僕は軽く頷いた。


「うん、聞いてなかったと思ってさ。なんだか気になって」


「ええと……」


 エリシアは故郷を思い返すかのように視線を夕焼け空の彼方へ漂わせる。視線の先を目で追うと、小鳥の群れが夕日に照らされながら彼方へと飛び去っていくのが見えた。彼らを見届けた後、やがて彼女は微笑を浮かべ、


「良い所ですよ」


 と、目を閉じて穏やかに呟いた。


「思い出すと懐かしいです」


「どんな場所なの?」


「そうですね、木々に囲まれた小さな所です」


「木々?」


「はい」

 彼女は両目を瞑ったまま小さく頷く。


「あまり人も来ないような森の中にある、ひっそりとした村です。私の家の近くには綺麗な小川が流れてて、飲み水はいつもそこで汲んでいました。村の中心には小さな広場があって、そこではいつも小さな子供達がはしゃぎ回っていて、それを皆が微笑ましく眺めていました。時々、小さな諍いが起こったりしますけれど、それでも普段は平和で喉かな場所だったんです」


 途中まではずっと心地よい調子で彼女の話を聞いていた僕だったが、彼女が一旦口を噤む直前に発せられた文章に違和感を覚えた。いつの間にか目を開いているエリシアの表情も、心なしか曇っているように思えて、僕は彼女に質問せずにはいられなかった。


「『だった』って、どういう事?」


 彼女はその問いにすぐには答えようとはしなかった。気づけば世界を朱色に照らしていた太陽もそのほとんどが遠くにそびえ立つ太陽の陰に隠れてしまっていて、夜の前兆が次第に空を覆い始めている。僕達の周りを吹き抜ける風が、何となく普段より冷たく感じられたのは気のせいだろうか。


「……私が旅に出る、二ヶ月ほど前の事です」


 長い沈黙を破り、彼女がポツリと話し出す。


「突然、村を一匹の怪物が襲いました。勿論、人気の無い森の中にある村ですから、魔物が現れる事自体は珍しい事ではありません。小さなスライムが川から飛び出してくるのは日常茶飯事ですし。けれど、その日に現れたのは今まで見かけた事が無い魔物で、いつものそれとは比較にならないくらい程の強さを秘めていました。村の屈強な男達数十人と神父様のお陰で退治する事は出来ましたが、沢山の負傷者が出ました。でも、その時はただ偶然魔物が迷い込んできただけなんだと、私も村のみんなも考えていたんです。けど」


「違ったの?」


「……数日が経って、今度はまた別の魔物が村を襲いました。その怪物も辺りで見かけない種類のものでした。前の時と同じように、神父様と怪我をしていない男達がその魔物を退治したのですが、やはり沢山の人達が大けがを負って。そして、それからも……」


 口を噤んだエリシアの暗い表情から、僕は彼女の言わんとしている事を何となく察した。恐らく、彼女の住む村に対する魔物の襲撃が収まる事は無かったのだろう。もしかすると、今こうして何気なく話をしている間にも、彼女の村では酷い戦闘が繰り広げられているのかもしれない。もしかすると、故郷を離れて旅を続ける彼女にかかっている心労は、今まで僕が想像していた以上に大きく辛いものなのかもしれないと思った。


 しかし、次の瞬間。僕の心の中に、一つの疑問が浮かんだ。どうして大変な事が起きている筈の村を離れ、彼女は王都へと向かわなければならないのだろうか。まず最初に、助けを求めに行くのではないだろうか、という考えが湧いたが、それならわざわざ遠い場所に赴かなくても良い筈だ。この前に僕達が出会ったローリエンでも構わないだろう。それなのにわざわざ、彼女は神父の使いで王国の都まで過酷な旅をさせられている。それは一体、どうしてなのだろう。


「……あの、そんなに深刻に考えられないで構わないですよ」


 ずっと夢中になって考え込んでいたのを勘違いされたらしく、エリシアが弱々しい笑みを浮かべ、明るい調子で話しかけてきた。


「村には神父様がいて下さってますし、大抵の怪我は治して下さいますから」


 その時、意気消沈顔のミレナがキャンプに帰ってきた。エリシアが彼女の方を向き、声を掛ける。


「あ、お帰りなさい」


「んー、ただいま」


 気の無い応答をして、ミレナは地面に腰を落とす。今度は僕が訊ねた。


「何か、見つけた?」


 すると彼女は盛大な溜息を吐いて、


「ううん、全く収穫無し。それよりお腹空いた。ご飯はどう?」


 エリシアが焚き火に近づき、煮込まれている鍋の蓋を開いて中を覗く。


「そうですね……もうそろそろ良いと思いますよ」


 途端にミレナの表情がパッと明るくなった。


「じゃあ早く食べるわよ!」




 こうして、僕達の夕食は始まり、僕はエリシアに先ほどの質問をする機会を見失った。何度か旅の途中で口に出そうかと思った時もあったのだが、明るい調子の彼女にいきなりそれをぶつけるのが何となくはばかられ、結局は口に出せないまま、僕達の王都を目指す旅は続いていくのだった。

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