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 あれから。僕とエリシアは待ち合わせ場所でミレナを待ち続けたのだが、彼女がやってきたのはもう夕日が沈みかけた頃の事だった。頬を膨らませながら荒々しい足取りで僕達に近づいてくる彼女の表情には紛れもない怒りが浮かんでいる。彼女が少年を逃がしてしまったらしいという事は想像に難くなかった。


 ようやく合流した僕達は延々と恨み節を呟き続けるミレナを宥めつつ、宿へと戻る。そして夕食を取った後、かなり遅い旅支度に取りかかった。新たにバックパックを一つ買ったので、これまでのように僕一人で全ての荷物を背負わなくて済むようになるのは大きな収穫かと思われたが、


「やっぱり男なんだからアタシ達よりも多く荷物を持つべきよ」


 というミレナの鶴の一声によって、今までとさほど変わらない量が僕のバックパックに詰め込まれてしまい、僕は大きな溜息をついた。


 そんなこんなで、ようやく僕達はローリエンを出発し、王都までの旅路の一歩を踏み出したのだった。






「ねえ、そろそろ街とか無いの?」


「あ、ちょっと待って下さい」


 出立して数日が経った頃、広々とした草原を真っ二つに分けている人工の道を進みながらミレナが尋ねると、エリシアは懐から街で買っていた地図を取り出して目を通す。


「えっと……ここからもう少し北に行った所に村があるみたいです」


「後どれくらい?」


「多分、二日三日の間には着くと思います」


「まだ、結構あるわね」


 ミレナは肩を竦めた。


「そうですね」


 エリシアは相づちを打ち、そして少し躊躇うように口を開いた。


「あの」


「ん、何?」


「そろそろ、私達も荷物を持った方が良いんじゃ」


「えー、まだそんなに時間が経って無いし」


「で、でも」


 エリシアは汗だくで三人分の荷物を背中と両腕で運んでいる僕にチラッと心配の視線を向けてくる。そう。今の僕には彼女達の会話に割り込む余裕なぞ無かった。どうしてこんな事になっているのかと言うと、それは数日前にミレナが『荷物持ちじゃんけん』をしようと言い出したからに他ならない。そして、僕は何とも運の悪い事に、これまでずっとそのゲームに敗北し続けているのである。従って、僕はずっと自分だけでは無く彼女達の荷物を運び、全身の筋肉が悲鳴を上げ続けているのだ。今日もその例に漏れず、午前中の荷物持ち当番として僕は働いている。エリシアは中止を呼びかけてくれていたのだが、どうやら味をしめたらしいミレナはゲームの公平さを理由にして頑として首を縦に振らなかった。真夏のように熱気溢れる屋外では無いとはいえ、さんさんと降り注ぐ日差しの中で日陰すら見あたらない道を進んでいけば、体中から汗が滝のようにほとばしってしまうのはある意味必然であった。


 という訳で、前にも増して僕にかかる旅の負担は重くなってしまったのである。






 午後の荷物持ちじゃんけんにも敢えなく敗北し、川のほとりにキャンプを張り終えた後、僕はぐったりと湿った地面に寝転がり目を閉じた。もうこのまま眠ってしまいたい気分だ。


「あ、あの。大丈夫ですか」


 心配そうに声を掛けてくるエリシア。僕が返事をする前に、ひんやりとしたタオルの感触がおでこから伝わってきた。心なしか、体に溜まっている疲労も少し和らいだような気がする。


「川の水で冷やしてきました」


「ありがとう。気持ちいいよ」


「それは良かったです。……あの、すいません。私がミレナさんに流されてしまって」


「そんな。良いよ、別に」


 目を開くと、心配そうに顔を俯けているエリシアの姿が映る。僕は慌てて明るい調子でフォローを入れた。


「ミレナがあんな感じなのは前からだし。もう慣れたよ」


「でも」


「良いって。そんなに気にする事無いよ」


 ようやく、彼女の表情に微笑みが戻った。


「……ありがとうございます」


「あれ、ミレナは?」


 近くを見回したが、彼女の姿が見当たらない。夕食の鍋の下で焚き火がパチパチと、彼女の代わりに陽気な音を立てているだけだ。


「ミレナさんはさっき辺りを散策に行かれましたよ。何か金目の物が落ちてるかもしれないからって」


「ああ、なるほどね」


 相変わらずそう言う所にはがめついなあ、と僕は心の中で呟いた。


「夕食には帰ってくるって言ってましたよ」


「そうなんだ」


 つまり、僕は今エリシアと二人きりという事になるのだが、それっきり僕達の会話は途切れてしまった。というのも、話題が思いつかなかったのである。買い物中はその事について話をする事が出来たのだが。


 沈みゆく夕日の下で気まずい沈黙が続く。彼女は僕の近くに腰を下ろして目を閉じている。考え事をしているのか、それとも僕と同じように話題探しをしているのか。穏やかな顔つきからは何も読みとれない。話せる事はないか頭の中をフル回転させて、ようやく僕は会話になりそうなネタを発掘する事に成功した。


「そういえばさ」


「はい?」


 彼女の両目がぱっちりと開き、僕に向けられる。それを受けて、僕は上体を起こした。




「エリシアが住んでいた村って、どんな所なの?」


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