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「ようやく買い終わりましたね」
「結構、時間掛かったね」
買い物を終えて、僕はエリシアと談笑しながら路地を歩いていく。お互いの両手には様々な品が詰められた袋が下げられていた。
「ミレナさんの方は済んでるでしょうか」
「うーん、どうだろ」
僕は頭を捻って考える。
「……まだ時間かかるんじゃないかな。エリシアと違ってこの町には詳しくないだろうし」
「じゃあ、帰ったら先に荷物纏めをしておきましょうか」
彼女の提案に僕は頷いた。
「うん、そうしよう」
その時だった。僕達が角を曲がると、
「よぉ、待ってたぜ」
僕の体に衝撃の電流が流れる。それはエリシアも同じだったようで、僕の隣で顔を体中を強ばらせていた。そう、そこにいたのは昨日彼女を困らせていた三人組の男達だったのである。全員が悪魔のような笑いを顔に浮かべている。リーダーと思しき男の言葉から察するに、どうやら僕達二人を待ち伏せしていたようだ。辺りに視線を移すと、どうやらこの通りは人の行き来がかなり少ない場所のようで、僕達と彼ら以外の人間は誰一人としていない。つまり、攻撃を加えるには打ってつけの場所なのである。
「昨日はよくも俺達に恥をかかせてくれたなあ」
「たっぷりお礼をしてやるぜえ」
威圧的に手首をポキポキと鳴らしながら、屈強な男達はゆっくりと近づいてくる。
――逃げなきゃ。
僕はエリシアの腕を取り、来た道を引き返そうとする。
しかし。
「おっと、ここから先は通さないぜ」
なんと、僕らに唯一残された脱出口を別の男が塞いでた。三人組よりも更にガッシリとした体つきで、横幅がかなりある肥満体だ。
「残念だったな、少年」
後ろで男が嘲るのが耳に入ってくる。僕は思わず歯軋りしてしまう。てっきり、相手は三人しかいないとばかり思っていた。
「潔く観念したら悪いようにはしないぜ?」
「お前等を餌にして、あのクソ生意気な小娘を誘き出すんだからよ」
彼らの言葉に動揺したらしく、エリシアの体が震えているのが腕越しに伝わってきた。それは僕も同じだ。けれど、ここで捕まってしまったら、ミレナがどんな酷い目に遭うか分かったもんじゃない。とにかく、何としてでも逃げなければ。
しかし、どれだけ辺りを見回しても無駄だった。前は三人組が固めていて、その横を突破しようとするのは自殺行為に等しい。かといって戻ろうとすれば巨漢が道を塞いでいる。
最早、万事休すだった。
間を楽しむようにじりじりと距離を詰めてくる男達。
「おー、なんか格好悪いコトやってるね。アンタら」
いきなり、頭上から聞き覚えのある声がして、僕は驚いた。慌てて空を見上げると、寂れた建物の二階、そのベランダにとある少年がニヤついて立っていた。ボロボロの黒いマントを羽織り、特徴的なツンツン頭をしているその容姿は、一瞬で僕に彼の事を思い出させた。そう、少し前に探検したダンジョンで宝物を横取りした、あの盗賊の少年だ。僕の事を覚えているのかと思ったが、彼の視線は男達に向けられていて、その心は伺い知る事が出来ない。
「何だテメエは!」
男達の一人が声を荒げて叫ぶ。少年は肩を竦めて大げさな溜息をついた。
「か弱い女の子に対して、大の大人が大人数でさ。恥ずかしいとか思わないの?」
彼の言葉は、随分と男達の心を逆撫でしたようで、
「喧嘩売ってんのか、コラァ!」
「降りてこいや!」
と、様々な罵声が浴びせられる。一方、当の本人はそれらを全く気にしていない様子だった。
「じゃ、そうするか」
さりげない口調で独り言のように呟くと、少年はベランダから身を乗り出し、ジャンプする。まさか本当に降りてくるとは思わなかったのか、男達の彼に対する反応は一瞬遅れていた。そして、少年はその隙を決して見逃さずに、
「あらよっと!」
快活な声を上げて、彼らの側で何かを地面に投げつける。何かが弾けるような音がしたかと思うと、僕の視界が白っぽい煙に包まれて何も見えなくなった。更に僕はそれらの粉塵を何も意識せずに吸い込んでしまい、
「ゴホッ! ゴホッ!」
おもいっきり喉を痛めてしまった。それは隣のエリシアも同じだったようで、近くで彼女が同じように噎せ込むのが聞こえる。
視界が遮られている以上、どう動けば良いのか分からずにいると、急に手を掴まれたので僕はたじろいだ。男達の一人に捕まったのではないかと思ったのだ。しかし、
「しっ。お二人さん声を出すなよ」
と、少年の掠れるような声が耳に届いたので、僕の不安は幾分か和らいだ。彼の言葉からして、どうやらエリシアも側にいるらしい。僕と同じように、彼がもう片方の手で引き寄せているのだろうか。
「黙って、逆らわずについてきな」
断る理由も無ければ、余裕も無い。僕一人ではこの濃い煙の中を抜けて脱出する事は出来ないのだ。駆け出した彼に引っ張られるようにして、僕は走り出した。息を弾ませて足を動かすうちにだんだんと煙が薄らいできて、男達が煙の中で僕達を捜す叫び声も随分と遠くなっていった。
そして、僕達は何とか人通りのある路地まで脱出する事が出来たのである。




