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 重い瞼を薄く開くと、カーテンの隙間から差し込んでいる暖かな太陽の日差しが布団の上を照らしていた。ぐっすりと眠っている間に、もう朝がやってきてしまったらしい。起きようとする僕の意志を、強い睡眠欲と柔らかな寝具の感触が妨げてくる。血の回らない頭で数秒考えた末、誰かが起こしに来るまでもう一眠りしていようとの結論に達した。布団にくるまって、枕に目を押しつける。


 途端に、ドンドンと騒がしい音を立てて扉が盛大に叩かれ、


「もういい加減に起きなさいよー!」


 ミレナの叫び声が、寝ぼけ頭にガンガンと響いてきた。


 ――どうやら、すっかり寝過ごしてしまっていたらしい。


 食堂に入ると、既にエリシアが席に着いていた。どうやら僕だけが寝坊をして、それでミレナが呼びに来たらしい。近づいてきた僕達に気が付くと、彼女はおはようございますと朗らかな声を掛けてきた。僕も挨拶を返す。


 エリシアが全員揃った旨を宿の者に伝えると、しばらくして朝食が運ばれてきた。ラインナップはトロトロ半熟のハムエッグに栄養豊富そうなポテトサラダ、それにふかふかの食パンが二枚。飲み物はミルク入りのポットが置かれている。テーブルの上にはマーガリンとバター、それにいくつかのジャムの瓶が置かれてあって、好きな方を使えという事らしい。どれにしようか迷った末、僕はバターを選んだ。ちなみにミレナはマーマレードを塗りたくっていて、エリシアは苺ジャムを使っていた。


「食べ終わったら、何から買いに行く?」


 パンをかじりながら、ミレナがエリシアに訊ねる。彼女はコップに口をつけながら考える素振りを見せた後、


「えっと、まずは近い薬屋さんからまわろうかなと思います」


 と答えた。


「昨日考えたんだけど、二手に別れない? そうしたら買い物もスムーズに済むんじゃないかって思うんだけど」


 ミレナの提案に、エリシアはパッと笑顔を浮かべて同意の頷きを返す。


「そうですね。そうした方がずっと早いと思います」


「決まりね。じゃあ組み合わせだけど」


「私はこの辺りには詳しいですし、一人でも大丈夫ですよ」


「ううん、アタシが一人で買い物する」


 アンタは、とミレナが僕に視線を移した。


「エリシアについてって。町の中とはいっても、何が起こるか分からないし」


 要するに、僕にエリシアを護衛しろ、という事らしい。しかし、彼女の案に対する大きな疑問が僕の心に浮かんだ。


「でも、それならミレナが一緒にいた方が良いんじゃない?」


 すると、彼女は盛大な溜息をついて、


「じゃあ聞くけど、アンタ一人で買い物出来るわけ?」


 と、逆に質問を返してくる。僕は思わず小さく声を上げてしまった。


「あ」


 記憶喪失の影響からか、僕は町という場所に慣れていないし、物の売買に関する知識も綺麗さっぱり頭から抜け落ちている。価格の相場も分からなければぼったくりに遭う可能性も高いし、何かトラブルが起きてしまった際に上手く対応出来ない。そう考えると、確かに僕は単独行動出来ないと思った。


「分かった? アタシは一人でも大丈夫だから、アンタはしっかりエリシアの側についてるのよ」


 僕が小さく頷くと、ミレナは再びエリシアに向き直る。


「じゃあ、後でアタシが買う物のメモ頂戴ね」


「はい、部屋に戻ってから書いて渡しますね」






 少し遅めの朝食を終え、しばらく経ってから僕とエリシアは宿の前でミレナと別れた。


「えっと、まずは薬屋からです……」


 しばらく路地を歩いていき、見つけた店の中へ彼女は入っていく。僕もそれに続いた。薬、という単語で僕は何となく清潔感溢れる場所を想像していたのだが、実際は全くの正反対だった。店内には薬品の匂いが充満していて、僕は鼻を摘みたい衝動に駆られる。時間が経つと嗅覚が慣れたのか匂いに関しては気にならなくなったが、そうなってくると染みだらけな木製の床がやけに目についた。


 店の主は年老いた老婆で、僕達を見るとすぐに朗らかな笑みを浮かべて、いらっしゃいませ、と丁寧に頭を下げた。

「どんな御用件でしょうか」


「あの、回復薬に解毒薬、それに……」


 エリシアが品の名前を言うと、老婆は頷きながら次々に品物を取り出してくる。エリシアが料金を払い、僕達は店を後にした。


 その後も、僕達は様々な品物を取り扱う店に立ち入った。旅用品を扱う店では報酬の前払いとして僕専用の寝袋を買ってもらう事になり、僕は嬉しくなった。道すがらマジックカードの専門店も目にしたが、エリシアはそれらを購入するつもりは無いようだった。その事について訊ねると、彼女はこう答えた。前に僕がミレナから聞いた通りにカードの値段は高く、日常的な事に使う分では費用対効果が全く釣り合わないらしい。俗にマジックアイテムと呼ばれる品々を常日頃から使えるのは一般的に権力者か一部の裕福層と相場が決まっているのだそうだ。次点で危険に好んで足を踏み入れる冒険者達らしい。


 そんなこんなで大した出来事も無く、買い物は無事に終えられると僕は安堵の息をつき始めていた。




 しかし、最後に訪れた食料品店を後にした時、その事件は起こったのである。

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