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 あれから。僕とミレナはエリシアの案内を受け、彼女の泊まっていた宿へと向かった。未だ寝る場所も決まっていない事を伝えると、彼女が快く自分の宿泊先を紹介してくれたのである。ちょうど二階に空き部屋もあったので、僕達は彼女の計らいでそこに泊まる事となった。


 部屋の中は簡素な安い作りだったもののベッドも付いていて、地面の上に寝転がるよりは数段とマシである。荷物を部屋に置いて倒れ込むと、寝具特有のふかふかな感触が僕を襲った。村に滞在した時以来の寝心地を堪能していると、扉をノックする音がする。すぐに立ち上がってドアを開くと、そこにはミレナとエリシアの姿があった。話によると、食事は一階で取るらしい。僕は自分の部屋に鍵を掛けると、彼女達の後に続いて廊下を歩いていった。


 食堂に入り、案内されたテーブルに腰掛ける。しばらくして、僕達の目の前に料理が出された。ニンジンやジャガイモ、タマネギといった野菜類にトロトロの鶏肉が美味しそうに湯気を立てているスープ。ジューシーな肉汁が滲み出ている香ばしそうな厚切りベーコンに、ふっくらとした焼きたてのパン。庶民的な献立ではあるものの、僕にとっては豪勢な品々であった。僕とミレナは自然と唾を飲み込んでしまった。すぐに食器が空になったのは、ある意味必然と呼べるかもしれない。


 食後に飲み物で口を潤しながら談笑していると、エリシアから僕の記憶喪失に関して訊ねられた。ミレナと初めて出会った時のように、あの謎めいたダンジョンでの出来事を説明すると、彼女は驚いたように目を瞬かせ、空になったコップをテーブルに置いた。


「そんな不思議な事があったんですか」


「うん、それで」


「気が付いた時には草原に放り出されてて、ゴブリンに追いかけられて絶体絶命の所をアタシに助けられたのよね」


 得意げな笑みを浮かべて、ミレナが説明に割り込んでくる。


「それじゃ、お二人はその記憶やダンジョンの手がかりを探して旅を?」


「アタシは修行の一環で付き合ってるだけだけどね。まあ、一人旅も味気ないし、荷物持ちも欲しかったし」


「やっぱり荷物持ちが目的だったんだ……」


「エリシアの方は?」


 僕の愚痴を華麗にスルーして、ミレナは訊ねた。


「私の方ですか?」


「重大な用事ってなんか気になるし」


 ミレナの言葉に、エリシアは困ったように笑って、


「すみません、その事については秘密にしておかなければならなくて」


「いや、別に駄目なら駄目で良いんだけどさ」


 済まなそうに小さく頭を下げる彼女に、ミレナは慌てて告げる。疑問がいくつか頭に浮かんでいた僕はタイミングを見計らって口を開いた。


「ここを発つのはいつなの? 今日? 明日?」


「そうですね……」


 エリシアは僕の質問に小首を傾げ、しばらく宙に視線をさまよわせる。


「今日はもう遅いですから出発は明日ですね」


「用事っていうのは、出来るだけ急がなきゃならないの?」


「そうですね、なるべく早く向こうに到着して欲しいと神父様からは伝えられています」


「王都ってここから遠い?」


「実は私」


 エリシアは頬を赤らめて、


「都に行った事が無くて……」


「え」


 彼女のか細げな言葉に、僕は衝撃を受けた。もしかしたら、誰も目的地を知らないのではないかという不安が脳裏をよぎる。


「アタシは行った事あるけど、近くはないわね」


 ミレナの言葉が、僕の心配をすぐにかき消した。


「どれくらいかかるの?」


「私も気になります」


「そうね……」


 ミレナは何やら思案を巡らせながら、


「この町から真っ直ぐ王都を目指すルートはアタシも歩いた事は無いけど……早くても一ヶ月はかかるんじゃない?」


「一ヶ月かあ」


 結構距離があると僕は感じた。それはエリシアも同様だったらしく、真剣みのある表情で、


「やっぱり、しっかりとした準備は必要ですね」


 と呟くように言う。ミレナもその言葉に頷いた。


「食料は一応、沢山準備した方が良いと思う。途中に町や村があるとも限らないわけだし」


「買い貯めしとかないとですね」


 それから、僕達三人は明日の予定について話し合った。まず朝食を取り、それから町の店を回って食料や旅の必需品を調達する。遅くても日が暮れるまでには食事を取り、それからすぐに町を出発する。大まかなスケジュールはこのようになった。ちなみに護衛中の食事代等は全てエリシアが受け持ってくれるそうだ。彼女は村の神父からかなりの額の旅費を頂いているらしく、護衛の報酬は王都に着いてから渡してくれるらしい。






 話し合いが終わると僕はあてがわれた部屋に戻り、ベッドに入った。ミレナの分しか寝袋が無かったので、今まではずっと硬い地面に身を横たえながら眠っていた。慣れない最初のうちはひどく背中が痛んだものだ。火を焚いていると蚊に刺される事も日常茶飯事だったが、ここではそんな心配もいらないし、獣や魔物の襲撃を恐れる心配も無い。野外に比べると久しぶりの住居での就寝はあまりに心地よく、あっという間に僕は睡魔に誘われ深い眠りへと落ちていった。

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