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「都ってメリスティア王国の?」


 メリスティア王国ってなんだったっけ。聞き覚えのあるミレナの言葉に、僕は記憶の糸を辿っていく。そして、彼女と出会って最初の日にその名前は聞かされていた事を思い出した。その話によると、確かここ一帯はメリスティア王国の領地内の南部だった筈だ。


 少女がコクンと頷く。それを受けて、ミレナが彼女の服装を指して訊ねた。


「それって、確かどっかの教会のよね」


「はい、私はアイレーヌ教の僧侶なんです」


「へえ、そうなんだ。なら、巡礼の旅とか?」


「いえ、そういうものでも無いんです」


 なるほど、といった風にうんうんと首を振っているミレナに対し、僕の方はというと全く話題が理解出来ていない。教会だとか巡礼だとか、それに加えてまたもや馴染みの無いカタカナ単語が飛び出してきて、頭がこんがらがる。


 状況を飲み込めていない僕を余所に、二人の会話は続いていく。


「ただ、ちょっとした用事があって。神父様はお仕事で手が離せないので、私が代わりに」


「他の人はいなかったの? 旅慣れた大人とか」


「私の故郷は小さな村で、教会に勤めているのは私と神父様しかいなくて」


「なるほど、それで」


「はい」


 心なしか、話を弾ませている二人の表情が明るく見える。もしかすると、ミレナは修行のせいで同年代の女の子と接する機会をほとんど持てていなかったのかもしれない。少女の方は慣れない旅路の中で、気軽に話しやすい相手に出会えて嬉しいのだろう。


「でも、ずっと一人旅だったの?」


「いえ、ここまでは他の方に護衛をお願いしていました。丁度、村の方に信頼出来る旅の方がいらっしゃいましたので」


「なら、その人にお願いすれば良いんじゃない?」


「それが」


 少女の表情が曇る。


「その方の目的地と王都の方向が違ったので、最初から同行はここまでという契約だったんです。だから後任の方を探さなくちゃならなくて」


 なるほど、と僕は心の中で呟いた。いくら大事な用事とはいえ、少女が一人で旅をするのは危険だろう。魔物に獣、それに賊。ミレナに同行していなければ、僕もいつ命を落としていたか分からない。


「それで、依頼を出したんだ」


「はい、でもなかなか見つからなくて……」


「それなら、アタシ達と一緒に来ない?」


 ミレナの提案に、少女はパッチリとした目を瞬かせた。


「あの、お二人とですか?」


「そっ。アタシ達も旅をしてるんだけど、財政難でちょっと困ってて」


「でも、その……」


 と、不安げな視線を僕に向ける少女に対し、ミレナはあっけんからんに笑って言う。


「大丈夫。コイツは人畜無害な奴だから」


 ――何だか、馬鹿にされているような気がする。


「ほ、本当ですか?」


「本当本当。もし何かあったらアタシがコイツを半殺しにしてやるから」


 全く冗談に聞こえない。とにかく、僕は彼女に便乗して首を縦に振り、精一杯の笑顔を彼女に浮かべた。何か口にした方が良いかとも思ったが、僕はそういう人間じゃないよ、と自分で口にするのは何となく躊躇われた。


 彼女はしばらく僕を凝視していたが、やがて笑顔を浮かべる。


「そうですね、そんな風には見えないです」


 ――何故か、複雑な心境になった。


「それじゃあ、決まりね」


「はい、よろしくお願いします」


 少女は僕達に小さくお辞儀をして、それから小さく安堵感溢れる息をついた。


「もう二週間もここに滞在していたので、実はすっごく心配だったんです」


「二週間!」


 僕とミレナは顔を見合わせる。それだけの期間、ここに留まっていれば不安にもなるだろう。


「お二人に出会えて良かったです。これも神のお導きかもしれませんね」


 少女は満面の笑みを浮かべて、


「そういえば、まだお名前をお伺いしていませんでしたね」


 その言葉に、僕はギクッとする。まだ、自分の名前が分からないのだ。


 僕の心配を余所に、ミレナの方はすぐに自己紹介を始め、


「アタシの名前はミレナ。コイツは」


 と、意味ありげな眼差しを僕に向けて、


「……まあ、『召使い一号』って所ね」


「ちょ、ちょっと」


「ミレナさん、召使い一号さん、これからよろしくお願いします」


 ひどくナチュラルにミレナの言葉を信じてしまった彼女に、僕は慌てて声を掛けた。


「いや、その。僕そんな名前じゃなくて」


「え、違うんですか」


 少女の方も動揺した様子であたふたとしている。肩ほどまで伸ばされている金髪がその動作に釣られてゆらゆらと揺れた。


「ご、ごめんなさい。本当の名前は何と仰られるんですか?」


 次は僕が言葉を探してオロオロとする番だった。


「え、えと。それは、その深い訳があって」


 無意識にしどろもどろの口調になってしまう。どうやら彼女も聞き取りにくいと感じているようで、首を傾げながら訊ねてきた。


「深い訳、ですか」


「そ、そう。深い訳なんだ」


「深い訳なんですか」


「うん、深い訳」


「じゃあ、フカイワケさんなんですか?」


「うん、そう。いや、ちょっと違うかも」


「ちょっと違うんですか」


「いや、だいぶ違うかもしれない」


「だいぶですか」


「……えーっと」


 僕らの途切れ途切れの会話に疲れてきたのか、ミレナが頬をかきながら口を挟んできた。そして、


「まあ、色々あったみたいで。コイツには記憶が無いみたいなのよ」


 と、何ともスッキリとした説明をする。少女は驚いたように目をパチクリとさせた。


「記憶が……無いんですか?」


「そ、だから名前も無し」


「そうだったんですか……じゃあ、何とお呼びすれば?」


 少女は僕を見つめて質問してくる。しかし、僕は答えに迷った。今までミレナは僕の事をほとんど『アンタ』としか呼んでいないし、事情を説明した村の人々には便宜的に『旅人さん』と名付けられた。今までは名前が無くとも何とかなったのだ。


 僕がしばらく悩んでいると、ミレナが愉快そうに笑って口を開いた。


「ま、コイツの事は適当に呼んでれば大丈夫よ。アタシが保証する」


「……何だかなあ」


「何よ、文句あるわけ」


「いや、文句は無いけどさ」


「なら良いじゃない」


「んー」


「……ふふっ」


 少女が上品な笑い声を洩らした。そして、


「そういえば、まだ私の方が名乗っていませんでしたね」


 と言葉を続ける。




「私はエリシアと言います。これからよろしくお願いします」

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