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只ならぬ雰囲気に、僕とミレナは顔を見合わせた後、後ろを振り返る。そこには一人の少女と、それを取り囲むようにして立っている三人の男達の姿があった。少女の方は白っぽく小綺麗な服装をしていて、両手には大きい杖のような木の棒を握っている。背丈は僕と同じくらいだ。それに対し、周りの男達は高身長で、屈強そうな筋肉質の体に硬そうな鉄製の鎧を身に纏っている。恐らく戦士か冒険者といった所だろうが、不潔な身なりをしていてとても真っ当な人間とは思えない。少女は怯えるように縮こまりながら、ひどく嫌な感じの笑顔を浮かべている彼らを恐々とした目つきで見上げている。
「なあ、そんなに怯えなくても良いじゃないか」
やけに優しそうな猫撫で声で、男の一人が話しかける。途端に彼女は肩を震わせてビクついた。
「何もとって食おうってわけじゃないんだ」
「その通り」
続いて、違う男も口を開く。
「俺達はただ、困っている君を助けたいだけなんだよ。依頼も出してたじゃないか」
「あ、あの」
彼女がおずおずと気弱な声を出す。
「……依頼には『女性の方を希望します』って書いてて、男の人は、その」
「ずっと引受人が現れないままだったんだろ?」
少女の言葉を遮り、三人目の男が口を挟む。
「だから、俺達が引き受けてやろうって言ってるんだよ」
「で、でも……」
少女は顔を伏せて、
「野宿の時とかもありますし」
と、か細く言う。彼女の様子に、男達の間にどっと笑いが洩れた。
「寝る時に襲ったりしねえよ。俺達は紳士なんだぜ。なあ?」
問いかけに残りの二人が頷く。しかし、彼らが浮かべているニヤケた表情は紳士からはほど遠い。周りを通る人々も、この騒ぎに関わるのを避けているかのように早足で側を過ぎ去っている。遠巻きに見物している人々はいたが、助けようとする者は皆無のようだった。
「そ、そんなに急ぐ旅でも無いですから」
あくまで少女は彼らの申し出を断ろうとしているようで、
「もう少し、他に引き受けてくれる方がいないか待ってみます」
と、丁寧に頭を下げたのだが、彼らは退こうとはしなかった。
「おいおい、そんな都合良く女の冒険者がこの町に来るわけねえって。道中にトラブルが無いとも限らないんだしよ。とっとと俺達に依頼を任せた方が良いって」
「まあ、そういう奇特な女が来ても俺達がおっぱらっちまうけどな。ハハハ」
「いやいや、それよりも一緒に依頼を引き受けた方が良いだろ。何しろ女が二人だ」
「なるほど、ソイツは名案だな」
「ちょっと!」
その時、僕の隣で彼女が叫び声を上げた。
――ああ、やっぱり。
僕は心の中で呟いた。多分、こうなるだろうとは分かっていたのだ。ミレナはこんな騒動を見過ごす事が出来る性格では無いと知っていたから。僕としても目の前で怖い目に遭っている少女を見捨てたくは無かったけれど、実際に怒りをぶつける勇気は持ち合わせていなかったのだ。そんな自分がひどく情けなく感じるし、だからいっそう啖呵をきった彼女は凄いと思った。
「なんだよ、お前は」
男達が怒りの形相で僕達を睨みつける。僕はギクリとしてここから逃げ出した衝動に駆られた。しかし、
「なんだじゃないわよ」
全く物怖じする様子も無く男達に歩いていくミレナ。その鋭い両眼は彼らに向けられている。彼女は少女の前に立ち塞がると、
「さっさとこの子にちょっかい出すのを止めて、どっか行きなさいよ! この汗クサ男共!」
という文章を皮切りにして、聞いている方が不安感を覚えてしまうような罵声を次々と三人組に浴びせていく。案の定、彼らの顔は見る見る内に真っ赤に膨れ上がり、
「このアマ!」
やがて、一人が剣を抜いて彼女に振り下ろそうとする。それを横の二人が慌てて止めた。
「おい! 離せよ!」
「それ以上はよせ。周りが見ている」
ハッとして、ミレナに攻撃を仕掛けようとした男が周囲に目を向けた。喧噪に気づいた人々の数が、先ほどよりも増して多くなっていた。ちらほらと町の自警団と思しき男達の姿も見受けられる。その事に気づいた男は苦々しげに舌打ちした。今ここで騒ぎを起こすのは不味いと理解したのだろう。
「小娘が……覚えとけよ」
捨て台詞を残して、三人組は去っていく。人だかりが慌てて彼らに道を作った。男達の姿が見えなくなり、関心を失った観衆達が広場のあちこちに散らばったところで、ミレナは僕に声を掛けてきた。
「ちょっと、何そこでボーってしてんのよ」
僕の心を抉るような、とても冷ややかな目つきと口調である。
「……ギクッ」
「ギクッ、じゃないわよ。女の子が怖い目に遭ってたっていうのに。この根性無し。男なら真っ先に飛び出しなさいよ」
「ご、ごめん」
謝りながら、僕は彼女に近付く。少女が心配そうにこちらに向けている視線が、とても痛かった。
「大体アンタはね……」
「あ、あの」
彼女の説教が続くと思われたその時、ずっと黙っていた少女がおずおずと口を開き、ミレナに頭を下げた。
「さっきはありがとうございました」
少女の反応に、ミレナはすぐさま笑顔を浮かべて、
「別に大した事はしてないわよ」
と、明るい口調で言った。僕に対する応答とはえらい違いである。尤も、僕がふがいないのは紛れもない事実で言い訳出来ないのだけど。
「ところで、さっきの話は何だったの?」
「話、ですか?」
少女が瞬きをして小さく首を傾げる。
「ほら、依頼がどうとか、女性がどうとかって」
「ああ、その事ですか」
ミレナの言葉に合点がいったのか、少女は笑顔を浮かべて軽く両手を合わせた。
「ここの掲示板に護衛の依頼を載せていまして」
「護衛?」
あどけない少女の姿からは想像も出来なかった単語に、僕とミレナは驚いて目を見合わせる。再び視線を少女に向けると、彼女は微笑を浮かべたまま僕達に告げた。
「実は私、都に行かなくちゃならないんです」




