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 ローリエンに到着したのはちょうど太陽の光が空の天辺から降り注いでいる時刻だった。そこは僕達が前に滞在した村とは違い、活気のある宿場町の様相を呈していた。小さな噴水を中心とした広場では沢山の商人達が露店を連ねている。様々な色に輝く宝石を取り扱っていたり、高級そうな獣の毛皮や牙をうっていたり、品揃えは千差万別だ。勿論、料理店もある。歩いているとこんがりと焼かれた肉から漂うジューシーな香りが匂っていて、僕の腹は大きくグゥとなった。


「ねぇ、何か食べない?」


 堪えきれず、僕は隣のミレナに声を掛ける。


「……アンタねぇ」


 彼女は呆れたように息をついた。


「そんな贅沢出来る余裕、アタシ達にあるわけないでしょ」


 うっ、と僕は返す言葉を失う。結局、僕らはこの町に辿り着くまでに満足なお金を得られそうな品物を見つける事が出来なかった。そもそもアイスベアーの一件以来、ダンジョンに遭遇もしなかったのである。都合良く道端に金貨が落ちているわけも無く、はっきり言って今の僕らはほとんど一文無しに近い。


「食べ物なんてのはわざわざ店で買わなくても、町の外に行けばいくらでも手にはいるわよ」


 彼女は僕に言い聞かせるような口調でそう言った。旅の道中で遭遇した野生動物を問答無用で丸焼きにしたり煮込んだりしていた彼女から聞かされると実に説得力のある台詞だ。


「それよりも一番の問題は夜に寝る場所」


「……寝床も外で良いんじゃない?」


「何よ、文句あるわけ」


「い、いや。何でもないよ」


 彼女にギラリと睨みつけられ、僕は縮こまってしまう。


「わざわざ町の近くでキャンプなんて張ってみなさいよ。通行人達に指を指されて馬鹿にされるに決まってるじゃない」


 ――町の近くでイノシシとかを追いかけていても、馬鹿にされるんじゃない?


 僕は心の中で突っ込んだが、口には出さなかった。とにかく、と彼女は言葉を続ける。


「まずは泊まる所を探す。その他の話はそれからよ」


「……はい」


 ふと視線を移すと、串に刺された揚げ物を美味しそうに頬張る旅人の姿が映る。羨ましいな、と僕が思った途端、またもや盛大にお腹の虫が不満を洩らした。




 出店が連なり活気のある場所を抜けると、沢山の建物が連なる道に出る。武器屋や薬草屋、酒場等もあるが、やはり宿屋が圧倒的に多い。やはり高額な所と低額な所が混在しているようで、特に高級そうな所の前では綺麗な衣装を身に纏ったお姉さんが金持ちそうな旅人を笑顔で勧誘していた。


 僕が辺りの様子に興味津々になっている間、ミレナは鋭い目つきで宿屋を品定めしていた。宿泊料金が明記されている看板はすぐに確認し、そうでなくともこれはという場所には一度入って宿の主人に金額を確認する。最初のうちは彼女も余裕があったが、時が経つに連れて、その顔つきには焦りが浮かび始めた。


「ねえ、本当に見つかるの? 宿屋」


「大丈夫よ、多分」


 道すがら、僕の質問に答えるミレナの声は彼女らしくも無く弱気な調子を含んでいた。




 そんな行動がしばらく続いて、僕らはとうとう人気の無い町外れまでやってきたのである。目の前に広がるのは得体の知れない墓場だけ。風に吹かれて朽ちた木の葉が目の前を通り過ぎていくのが、何となくもの悲しい。


「ね、ねえ」


 うなだれているのと顔の回りに暗黒が漂っているのとで表情がよく分からないミレナに、僕はおずおずと話しかけた。彼女の様子からすると、何となく質問の答えは察せられていたのだが。


「泊まる場所は?」


「……どこも高い」


 彼女は俯いたまま、暗くか細い口調で答えた。やっぱり、と僕は心の中で自然と呟く。


「持ってるお金じゃどこも足りないの?」


「全然足りないわよ、なんかここ、凄く料金が高いみたい」


 なるほど。物価が他の場所と大幅に異なるのなら、彼女が先ほどまで自信満々だったのにも関わらずこんな状況に陥っているのにも説明がつく。


 彼女は深い溜息をついて、しばらく悩んでいた様子だったが、やがてゆっくりと頭を上げた。


「これじゃ、順序を逆にしなきゃいけないようね」


 何やら決心したような口調で彼女は言った。


「順序?」


 僕は思わず聞き返してしまう。


「それって、どういう意味?」


「先にお金を稼ぐのよ」


 彼女は堂々とした声色で宣言する。


「お金? どうやって?」


「決まってるでしょ」


 彼女は一旦そこで言葉を切って、思いもがけない言葉を口にした。


「働くのよ」


「……へ?」


 なんだか、彼女に似つかわしくない単語を聞いた気がして、僕は戸惑った。疑問が次から次に湧き出てきて、口から飛び出していく。


「働くって、僕も?」


「当たり前でしょ」


「皿洗いとか、接客とか?」


「違うわよ」


「店に頼みに行くの? ここで働かせて下さいって」


「そんな事しないわよ」


「え、じゃあどうするの?」


 矢継ぎ早に僕が繰り出した質問にげんなりしたらしく、彼女は頭を手で支えた。


「うーん、どうやら実際に見せた方が良さそうね」


「見せる? 何を?」


「あーもう! アタシに黙ってついてきなさい!」


「え、ええ!?」


 僕の右手をむんずと掴み、ミレナは来た道を再び引き返していく。僕は彼女に引きずられるようにして、その後に続いた。

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