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「……え」
僕は周囲を見回したが、少年の姿はどこにも見当たらない。文字通り、彼はこの場所から消失してしまったのである。
ミレナはと言うと、握りしめた両手を怒りに震わせながら歯ぎしりをしていた。声を掛けるのもはばかられる状態だったが、意を決して僕は話しかける。
「ミレナ、これってどういう」
「あのカードの効力よ」
質問の全てを言い切る前に彼女は口を開いた。
「効力、って?」
「あれはね、使った人間を念じた場所にワープさせるの。まあ、どこにでもって訳じゃないけどね。作った魔術師の力量とか、どれくらいの魔力を込められているかとかで範囲は制限されるけど、ここの入り口まで瞬間移動出来れば十分でしょ」
ぶっきらぼうに彼女はそう説明して、話している間に再び苛ついたらしく、地面を強く蹴りつけた。その行動に思わず僕は体を竦める。
「あーもうムカつく!」
「ま、まあ落ち着いてよ」
何とか宥めようと、僕は愛想笑いを浮かべて彼女に言った。
「ほら、一個は宝箱残ってるし」
「……はぁ、もっと沢山あったのに」
先ほどとは一転して、彼女はおもいっきり肩を落とす。相当堪えたのだろう。命を落としかけた戦いの戦利品にしては、あまりに少ない。僕自身同じ気持ちだったから、彼女の落胆には身に染みるくらい共感出来た。
「もしかしたらすっごく良い物が入ってるかもしれないしさ」
しょんぼりとしている彼女を励ましながら、僕は最後の宝箱を開いた。
「……あ、草だ」
そう、中身は何かの植物だった。
「ミレナ、これどんな」
彼女の方を振り返り、僕は硬直した。ミレナはつい先ほどにも増してキレていた。顔は茹でダコのように真っ赤だし、目には激しい怒りの炎が灯っている。
「ど、どうしたの」
「それ、薬草」
「薬草?」
「そう、や・く・そ・う。そこら辺に生えてる」
僕は絶句した。彼女の言わんとする事が分かった。そして、怒りの理由も。宝箱の中身は全く値打ちのないアイテムだったのだ。よりによって、あの少年が残した最後の一つが、である。
――外れ、スカ、参加賞。
何故か、僕の頭にそれらの言葉が浮かんでくる。
「やっぱりムカつくー!」
彼女は天井に向かって、勢いよく叫んだのだった。
「あー、腹立つ。腹立つ。腹立つ」
「しょうがないよ、もう過ぎた事だし」
僕らは町へと続く道を再び歩き始めていた。建物を後にして随分と経つだが、未だにミレナの怒りは収まりきっていない様子だ。彼女は僕の隣で、
「しょうがなくないわよ。あのツンツン頭、今度あったらギッタギタにしてやるから」
と、女の子が口にするには随分と物騒な事を口にしている。彼女があの少年とうっかり鉢合わせでもしたらと思うと、僕は彼の身をつい案じてしまった。尤も、あての無い旅路で再び彼と出会う確率は凄く稀だろうけど。
「あーあ、どうしよう」
「何を?」
「お金の事に決まってるじゃない。結局、高値になりそうな物は何一つ見つからなかったし」
「まあ、ほら」
僕は必死でフォローの言葉を探した。
「近いうちにまたダンジョンが見つかるかもしれないしさ」
彼女はジト目で僕を見つめる。
「アンタって、結構楽天的なのね」
色々と話をしている内に、僕達は様々な場所を通り過ぎた。草原、森、川、そして丘まで辿り着いた所で、僕は何となく後ろを振り向く。
「……あ」
そして、自然と立ち止まっていた。
目の前には、僕達が今まで旅してきた風景が広がっていた。村や建物、川や森、舗装された道もそうでない道も、全てがそこにある。視界のずっと奥には、僕とミレナが初めて出逢った草原もあるに違いない。
――この情景を心に焼き付けておきたい。
そんな感傷を僕は抱いた。
「どうしたの?」
彼女も僕につられて歩みを止める。
「い、いや。何でもないよ」
慌ててそう答え、僕は彼女に向き直った。彼女は不審そうに眉をひそめながらも、再び歩き始める。その後を追いながら、僕はもう一回だけ振り返った。少しだけ名残惜しかったが、また前を向く。目を瞑ると、これまでの出来事が走馬燈のように甦った。行き先に視線を移すと、長い長い先の見えない一本道が続いている。次はどんな場所に辿り着くのだろう。これからの事に想いを馳せると、僕の心は高鳴った。
――まだ、旅は始まったばかりだ。




