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18

 状況が動いたのは、僕の持つマジックカードに異変が起きた時だった。


「……あれ?」


 僕は動揺のあまり声を上げてしまった。掲げている筈のカードから火球が発射されないのだ。どれだけ攻撃しようと念じても細い火花がパチパチと生じるだけで、一向に攻撃が行われない。


 ――回数が切れちゃったんだ。


 そんな想像をするのは容易だった。藁にも縋る思いで僕は必死に指先へ気持ちを込める。しかし、カードは一際大きな火花を飛び散らせた後、それ自体が燃え盛って一瞬の内に灰と化してしまった。


 いつまで経っても援護が来ない事に違和感を覚えたのか、ミレナは熊と剣越しに押し合いながらチラリとこちらを見た。顔も手足も真っ赤で、額には玉のような汗がいくつも浮かんではポタポタと地面に落ちている。いくら修行中の剣士だと言っても、まだ女の子だ。技術で勝っていても単純な力比べではアイスベアーの方に圧倒的な優位性があるだろう。狭い室内では、身をかわすにしても限度がある。どちらが不利か、考えるまでも無かった。


 彼女はすぐに状況を察したようで、


「もう良いから下がってて!」


 と叫んで目の前の敵に視線を戻した。返事をしようか迷ったが、激闘を繰り広げている彼女の気を散らすのが躊躇われた。僕は固唾を飲んで勝負の様子を見守る。


 剣と爪が幾度もぶつかり合い、その度にミレナは小さく後方へとジャンプする。最初の頃は下がったりせずにその場で踏みとどまっていたのだが、どうやら相手と張り合うだけの力はもう残ってはいないようだ。時折、握りしめている剣が左右にふらついていて、どうやら握力も弱ってきているらしい。息を荒くしながら、それでも戦い続ける彼女を見ていると、僕は自分が情けなくて仕方がなかった。出来るなら彼女と共に戦いたいけれど、今の僕では足手まといになってしまう事は分かりきっている。僕に許されているのは、この戦い決着が着く瞬間を待ち続ける事だけだ。彼女が敵を倒してくれる事を信じて。


 けれど。アイスベアーの攻撃を避けようと横へステップしたその瞬間。


「キャッ!」


 短い叫び声を上げて、彼女は不自然に地面へ膝をついた。どうやら、回避行動を取った際に足を挫いてしまったらしい。長い戦闘で疲労が溜まっていたせいで、思うように体が動かなかったのだろう。


 そして、それを見逃してくれる相手では無かった。


 アイスベアーは勝利を確信するかの如く高らかな雄叫びと共に、ミレナへと襲いかかろうとする。彼女の顔が苦しげに歪んだ。彼女は立ち上がる事が出来ずに、体の前に剣を立ててせめてもの防御とする。




 ――これ以上、見ているだけは出来なかった。


「うわああああ!」


 僕はとにかく大きな叫びを上げて、彼女に飛びかかろうとするアイスベアーへと突進した。無我夢中の行動だった。その巨大な背中に、ずっと手に持っていた松明を押し付け、ぐいぐいと捻る。屈強な体つきでも流石に炎を直に当てられれば堪らないらしく、相手はその外見に似つかわしくないような痛々しい悲鳴を上げた。そして憤怒の形相で僕を振り返り、腕を勢いよく振り回して僕の腹へとぶつける。猛烈な一撃が命中し、僕は呆気なく吹っ飛ばされ、後方の壁に叩きつけられる。背中から伝わる強い衝撃に、僕はズサリと地面に崩れ落ちた。松明は僕の手から離れ、遠くの地面に転がっていった。痛みに霞んだ視界の向こうから、勝負に割り込んだ僕に止めをさそうとして、アイスベアーが近付いてくる。


 ――しかし、彼女が立ち直るだけの時間は稼げたようだ。


「……はあっ!」


 気配に気づいた敵が慌てて振り返るのと、ミレナの剣が奴の腹を突き刺すのは、ほぼ同時の出来事だった。


 彼女は素早く離れる。アイスベアーはしばらく悶えた後、地面を揺らがせて倒れた。血の海がじわりじわりと床に広がっていく。どうやら絶命したらしい。


 ――勝ったんだ。


 幸福感と安堵感が綯い交ぜになって、僕の心を穏やかに満たしていった。


「……立てる?」


 気がつくと、ミレナが僕の側にしゃがみ込んでいた。不安そうな表情にはいくつもの切り傷が出来ている。死闘の証だ。


「う、うん。平気」


 僕はそう答えて立ち上がろうとしたのだが、足がもつれて転びそうになった。彼女が慌てて僕の体を支える。


「……もう、無茶なんかするから」


「ご、ごめん」


「下手したら死んでたかもしれないのよ。分かってる?」


 いつも聞かされているような辛辣味のある言葉だったが、彼女の口調は普段より優しげだった。


 ――ミレナを助けなきゃって思って。それで何も考えずに飛び出しちゃったんだ。


 そのように発言しようとしたが、何故だかとても恥ずかしい文章のような気がして口を開く事が出来ない。どんな言葉を返せば良いか迷っているうちに、彼女がふふっと穏やかな笑い声を洩らした。


 そして、僕から視線を外し、頬を紅潮させて、ぽつりと呟くようにこう言ったのだ。




「……でも、ありがとね」


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