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「……結局、殴り合い出来なきゃどうにもならないじゃんか!」


 誰もいない部屋で喚き散らしても、返事をしてくれる者は皆無である。けれど、叫ばずにはいられなかった。何しろ、現状が八方塞がり過ぎるのである。鈍重なスライムから逃れても、ゴブリンという新たなモンスターに出くわしてしまえば全てが水の泡だ。いや、辺りが暗闇の時から既に出会っていたのかもしれない。


 僕はそこまで足が速いわけでもないし、息だってすぐに上がってしまう。ゲル状の体であるスライムとは違い、ゴブリンは手足を擁して走る事も出来る。素早さでは考えなくとも後者が圧倒的に上だ。


「となれば、やはり戦うしかないんだけど……多分、勝てないだろうしなぁ」


 やはり、出会わない事を祈りつつ、遭遇しても逃げる事に専念した方が良いとの結論に達する。その時、僕は一つの事に思い当たった。


「あ、この階層の構造を把握しておいた方が良いかもしれない」


 スライムにしてもゴブリンにしても、それ以外の未知のモンスターにしても、逃走する際にはしっかり道を覚えておいた方が有利な筈だ。


「よし、今度は階段に到達する事より、辺りの様子を確認する事を優先して探索しよう」


 僕は決意を新たにして、もう何度目かのリベンジへと赴いた。






 あれから、僕は今まで足を踏み入れなかった通路や小部屋を回った。途中で何度もモンスター達に遭遇こそしたが、スライムの場合は迂回してやり過ごし、ゴブリンの場合は気配を十字通路に逃げ込んだり睡眠の隙をつき部屋を通り過ぎたりして対処した。何回か彼らと対峙した事で、いくつかの事に僕は気がついた。


 まず一つ目、スライムはこちらが近づかない限り、敵意を剥き出しにして襲ってこないという事。どうやら彼らが攻撃を仕掛けてくるのは防衛本能によるもので、元々は大人しい気質のようだ。だから、明かりを灯してしっかりと進む道を確認しておけば、今までのように彼らから手痛い攻撃を浴びる事は無いだろう。


 次に二つ目。ゴブリンはどうやら辺りの音や気配にとても鈍感らしい。真後ろに通路から小部屋に入った僕がいた事にも気づかれなかったくらいだ。単純に耳が悪いのかは分からないが、とにかく大きな物音を立てたりしなければ十分にやり過ごせる敵ではあるようだ。


 三つ目もゴブリンに関してである。彼らは同族内で人間のようなコミュニケーションを取る事が出来るらしく、例えば追いかけていた僕を見失った時も異なる通路に分散するような統制は有している。尤も、どちらがどちらの道へ進むか決まらずになかなか追いかけてこない事もあるのだが。取りあえず、彼らの作戦には注意を配っておいた方が良いかもしれない。


 そして、最後は。




「ずっと歩き回っていたら、お腹も空くのか……」




 どうやら敵は、迷宮に巣くう化け物だけではないらしい。






 グルグルと鳴る腹を押さえながら小部屋に入ると、僕の視は今まで目にしなかった珍しい物に釘付けとなった。


「これ……宝箱?」


 目の前に置かれている荘厳な面持ちの木箱が、まさしく僕にはそう思えた。


「何が入ってるんだろう……」


 興味から手を伸ばす。鍵はかかっていないらしく、たやすく箱は開いた。中に入っていたのは小綺麗な木の棒である。太さは僕の手首ほど、長さは僕の足から首筋辺りまでだ。僕がそれを手に取ると、地面に残った空箱は淡く光輝きながら消えてしまった。


「これは……?」


 棒を握り締めながら困惑していると、僕は部屋の隅、先ほど僕が入った時には死角になってた場所に立て札が刺さっている事に気がついた。近づいて目を通す。


『ちょー重要な掲示板! その2』


「また、これか……」


 僕は深い溜息をつきつつも、内容を確認した。




『ここまで辿り着いた愛しの君へ。


 もしかしたら素通りされて地下9階に行ってしまうかもしれないって不安だったけれど、どうやらその心配はいらなかったみたいだね。


 まあ、この立て札を見るまでに何度も何度も酷な死に方をしているのかもしれないけれど……これも試練だと思って頑張って!


 無駄話はこれくらいにして、そろそろ本題に入るよ。


 この部屋には一つ、他の部屋では見慣れない小箱が落ちている筈。


 もしかして宝箱かもしれないって思っているかもしれないけれど、その通りに宝箱だよ。フフフ、何の捻りもなくてゴメンネ。君がよくよく馴染みある言葉が、君にとってはここの言葉になってしまっているから。でも、ある意味では分かりやすいでしょ?


 宝箱の中身は多種多様。便利な物が入っているかもしれないし、君にとっては邪魔にしかならない物が入っているかもしれない。真に役立たない物が入っている事は稀だろうけどね。


 ちなみに、宝箱は中身を取ったら消えてしまうよ。どうしてかって言うと、宝箱はただの箱じゃないから。多大な魔力を帯びた一種のマジックアイテムなんだ。消えた宝箱がどうなるかは、本筋に関係ないから流すね。


 とにかく、宝箱を見つけて怪しそうじゃなかったら、どんどん開いてみる事をオススメするよ。


 ちなみにそこの宝箱には「ただの木の棒」が入っているよ。うん、読んで字の如くただの木の棒。でも、無いよりはマシだと思うから一応持っておきなよ。敵を殴るのには使えるしね……殴るだけなら君のコブシより数段マシでしょ。ま、上手に使ってよ。それも鍛錬のうちなんだから。


 じゃ、階段探し頑張ってね! もう見つけてるかもしれないけど!


 追記

 でも、偽物やお宝泥棒には注意しなよ。

 こっぴどい目に遭うに決まっているからね。』




「……前から思ってたけど、なんでこんなに文章が軽いんだろう。ていうか、ただの木の棒って何なのさ。もっとマシな物を入れててよ」


 せめて、食料とかが入っていてほしかった。


「あれ? でもナマモノとかだったら腐っちゃうのかな……駄目だ駄目だ。食べ物の事を考えたら腹が減ってきちゃう」


 頭をぶんぶんと振って、食欲を懸命に追い出す。そして、もう一度掲示板の説明を整理する事にした。


「つまり……さっきのような箱があったら取りあえず片っ端から開いた方が良いって事だよね。それでもって、偽物やお宝泥棒には注意。この棒は殴る事には使える……それにしても、君のコブシより数段マシってなんかバカにされてる気がする」


 けれど。僕の頭に一つの考えが浮かぶ。つまり、この文章の執筆者は僕の事を知っている事になる。そうでないなら、こんな突っ込んだ事は書けない筈だ。試練や鍛錬など、気になる単語もある。極めつけは「君がよくよく馴染みある言葉が、君にとってはここの言葉になってしまっているから」という一文だ。これは一体、何を意味しているのだろうか。


「もしかして、僕の記憶と何か関係があるのかな……」


 物言わぬ立て札は僕の呟きに答えてくれなかった。






 木の棒を持って、部屋を後にする。それから階をあらかた探索したが、どうやらこの階には他に宝箱等は存在しないようだ。上へさっさと進んだ方が良さそうだと僕は判断し、進路を階段のある部屋へと向ける。歩いている途中でグウと腹の虫が大きく鳴き、僕は左手で胃の辺りをそっと撫でさすった。


「お腹、空いたなぁ……」


 今までは出発してすぐに様々な要因で倒れていたために意識しなかったが、こうも長い時間を食事抜きで彷徨いていると、空腹感や疲労に苛まれて仕方がない。


「でも、そうそう食べ物なんて落ちてないだろうしなぁ……いよいよとなったら、どうすれば良いんだろ?」


 物思いに耽りながら角を曲がった時だった。


「ゴブー!」


「うわっ! ゴブリン!」


 僕は身を翻して通路を戻ろうと走りかける。しかし。


「ゴブッ!?」


「うわっ! こっちも!」


 戸惑ったような叫びからして、どうやら故意にでは無かったようだが、僕は挟み撃ちと呼べるような状況に陥ってしまった。これでは逃げる事が出来ない。


「戦うしかない……」


 両手で木の棒を構え、強く握りしめる。そして、僕は大きな掛け声と共に逃げ道を塞いでいる方のゴブリンに棒を振り下ろした。


「えいっ!」


 コン、という軽い音と共に頭を殴られたゴブリンは一瞬だけ痛そうに顔をしかめる。しかし。


「……ゴブ」


 こちらを鋭く睨みつけている事から察するに、どうやらほとんど効いていなかったらしい。僕の首筋を冷ややかな汗が伝う。自然に下がろうとしたが、後ろにも仲間がいる事を思い出して踏みとどまる。しかし、全ては時間の問題だった。


「う、わ、うわああああああああ!」


 心なしか、今までに比べて一番キツいタコ殴りだった。

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