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17

「……閉じこめられたわね」


 ミレナは苦々しげに呟く。僕は狼狽えながらも訊ねた。


「これも魔法なの?」


「見れば分かるでしょ」


 アイツが、と彼女はアイスベアーを睨みつけながら、


「アタシ達をここに閉じこめたのよ。今度は逃がさないように」


「それじゃ、どうすれば」


「そんなの決まってるじゃない」


 僕の言葉を、彼女は強い口調で遮った。


「こうなったら、戦って勝つしかないわよ」


 その時、僕の頭に一つの案が浮かんだ。僕は松明を持っていない左手で懐のカードを取り出す。炎を出せるマジックカードだ。


「ねえ、これであの氷を溶かせないかな」


「やってみれば」


 彼女は冷静な声で即答する。僕はその態度に釈然としない気持ちを覚えつつも、カードを入り口に向かってかざした。僕の求めに応じて火炎球が飛び出し、氷の壁へと直撃する。ジュワッという氷が溶けるような音と共に、辺りを水蒸気の霧が包み込む。


 ――やったかな?


 しかし、僕の感じた手応えとは裏腹に、視界が戻っても氷壁は未だ存在していた。まるで球体のボールが勢いよくぶつかったように一部がへこんでいるものの、先ほどの攻撃が強烈な一撃だったとはとても言い難い。どうやら、生半可な炎では溶かせないほどの氷を敵の魔法は作り出したらしい。


「これで分かったでしょ」


 覚悟を決めなさい、とでも言うようにミレナは僕をチラッと見た。


「ここを無事に出たければ、アイツと戦うしかないのよ」


 ゴクリ、と唾を飲み込む。恐らく、彼女は魔法という現象の事を僕よりも分かっているだろう。だからこそ、先ほどの攻撃が徒労に終わる事を知っていたに違いない。


 耳をつんざく程の雄叫びを上げて、アイスベアーが突進してくる。すぐさまミレナは反応して飛び出した。剣と爪が勢いよくぶつかる打撃音が部屋中に木霊する。


 一方、僕は安全圏まで猛ダッシュして足を止め、彼女の力闘を縋るような思いで見つめていた。すると僕に背を向けて戦っている彼女が、


「ちょっと! それ使って援護しなさいよ!」


 と、相手の攻撃を剣で受け止めながら叫んでくる。一瞬、僕は何を言われているのか分からなかったが、


「カードよ! カード!」


 次の言葉を受けて、僕はやった彼女が言わんとしていた事に気がついた。すぐさま手を掲げ、念じる。


 ――いけっ!


 火球が発射され、アイスベアーへと飛んでいく。相手は燃え盛る音に気づいてこちらを振り返ろうとしたが、その時には既に背中へと命中してしまっていた。敵は苦しそうに叫び声を上げて、よろける。背負っている氷柱の一部も融解していた。


「やった!」


 僕は自然と歓声を上げていた。そして、ミレナの方もやっと出来た隙を見逃さずに剣を振り下ろす。しかし、アイスベアーはふらついた足取りながらも彼女の追撃を避けて、距離を取った。どうやら、未だ致命傷には至らなかったようだ。


 しかし、それでも僕が奴に少なからずダメージを与えた事には変わりない。嬉しさのあまりニヤケていると、


「こら! 油断してちゃ……」


 ミレナの諫言が言い終わる前に、敵は僕めがけて激走してきた。


「う、うわっ!」


 繰り出された鋭爪を、間一髪で避ける。すぐにミレナが僕と奴の間に割って入り、


「はあっ!」


 勇ましい掛け声と共に突進する。彼女と大柄な熊が接近戦を繰り広げる隙をついて、僕は再び彼らから距離を取る。


 そして、頃合いを見計らってもう一度マジックカードを掲げた。先ほどと同じ火の球が放たれるが、今度は敵も僕の攻撃を予想していたようだった。無数の氷柱が相手の背中から発射され、その一部とぶつかり合い火球は消滅する。しかし、その大部分は相殺されず、僕は真横にジャンプしてそれらから身を守った。後方の壁にぶつかって、いくつもの氷の欠片が宙を舞う。


 ――もしかしたら、この調子で行けば背中の氷柱が全部無くなってしまうかもしれない。


 そんな希望を頭に浮かべたのもつかの間だった。ミレナが後方へ下がって態勢を立て直した際、アイスベアーが両目を瞑って力むような表情を見せた後、奴の背に再び沢山の氷柱が生えてきたのである。どうやら、相手は時間さえ稼げればものの数秒で氷柱を供給する事が出来るらしい。魔力が底をつけばあるいは、とも考えたのだが、その時がいつ来るのかが判断出来ない以上、それを頼りにするわけにもいかない。ただ、他の作戦を考える余裕も無かった。






 僕らの戦いは紛れもない膠着状態に陥っていた。ミレナがアイスベアーを足止めし、僕が後方から彼女を援護し、奴が僕に接近し、彼女が間に割って入る。そんな一連の行動を何回も何回も繰り返し、一向に決着のつく気配は無い。しかし、疲れを全く見せない敵とは違い、僕もミレナも少しずつ疲弊していった。足の筋肉は既に腫れ上がっていて、相手から距離を取ろうと走るだけでひどい激痛が走る。


 ――いつになったら、敵を倒せるんだろう。


 退路を妨げられ、戦いの終わりも見えず、僕の精神も着々と疲労に蝕まれつつあった。

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