16
「答えが分かったって……それじゃ、いったい正解はどれなわけ?」
「答えはリンゴだよ」
僕の自信に満ち溢れた言葉に、彼女は目を大きく見開いた。
「リンゴ? どうして?」
「実を言うと、ミレナの話してた内容がヒントになったんだ」
僕の言葉に、彼女はポカンとした表情で、
「アタシの?」
と、半ば呟くように言う。僕は一つずつ順序立てて話す事にした。
「さっき、ミレナは僕の突っ込みにこう答えたよね。『バナナは食べる時にも同じ形をしている』って」
「い、言ったけど」
「それで閃いたんだ。『食べようとした時に花が咲かない』っていうのは、食べる際の形を示しているんじゃないかって」
彼女は首を傾け眉をひそめ、二三度ほど瞬きをする。どうやら、全く意味が通じていないようだ。僕は説明を続ける。
「ミレナは『バナナは食べる時も同じ形』だって言ってたけど、実際は違うんだ。僕達はバナナを食べる時、ある動作をするよね?」
「……あ!」
ミレナの小さな叫び声を上げる。どうやら彼女も気づいたようだ。
「ひょっとして、花は『食べる時に剥いた皮』の事なの?」
僕は微笑んで頷く。
「正解! それでバナナ・ミカン・リンゴのうち、『食べようとした時に花が咲かない』のは」
「リンゴだけって事ね。あれはわざわざ皮だけ剥いたりしないもの」
「そういう事」
なんだか嬉しくて、僕は少しだけ胸を張った。
リンゴの模様の入ったスイッチを押すと、しばらく辺りが振動した後、目の前の行き止まりが壁の中へじわじわ移動していった。どうやらスライド式の仕掛けだったようだ。
先は今までの道のりと同じく枝分かれの無い一本道で、魔物の姿は見当たらない。僕らはゆっくりと石で出来た通路を歩いていく。
「それにしても」
と、ミレナが困惑したような声色で口を開いた。
「アンタって何者なんだろうね。古代文字を読めるなんて、どっかのお偉い賢者さんくらいだと思ってたのに」
「僕にも分からないんだ」
先ほど感じた気分の高揚はどこへやら、僕の気分は彼女の言葉によって沈んでいく。普通の文字と古代文字が同じ物のように感じられるというのは、はっきり異常な事だと自分でも分かる。何しろ、『二つの言語を読める』というわけではないのだ。『二つの言語が同一の言語のように見えてしまう』のである。常人であればこんな事、起こりうる筈が無い。
――僕は元々、どんな人間だったんだ?
あの輝石で彩られた小部屋で目覚めた時以来、ずっと胸の内に秘められていた疑問がだんだんと膨れ上がっていく。
ふと、ミレナが自分の事をどう思っているのかが心配になってきた。僕の目に映るのは前方で歩き続ける彼女の後ろ姿だけで、その表情は伺い知る事が出来ない。こんな僕を気味悪がっていないだろうか。建物を出た瞬間、一方的に別れを切り出されてしまうのではないか。様々な不安が雪崩のように心の中へ押し寄せてくる。
「でも、ま」
そんな僕の心を癒したのは、振り向いた彼女の顔に浮かんでいた明るい微笑だった。
「そのヘンテコな能力のおかげで謎解きも出来たんだし、結果オーライよね」
「う、うん」
自然と、僕の口元にも笑みが浮かんだ。
やがて、長かった一本道もようやく終わりが見えてくる。通路の先は大きな部屋だった。これまでの場所と何ら変わりのないように見える石造りの広間。
しかし、明らかに異なる点があり、僕と彼女は同時に歓喜の声を上げた。
「宝箱よ!」
「宝箱だ!」
そう、部屋のあちこちには沢山の煌めく小箱が散らばっていたのである。その数はざっと見て十は下らないだろう。まさに宝物庫、といった感じの場所だった。恐らく、あの謎かけのおかげでここを訪れる者が極端に少なかった所為だろう。
「こんなに一杯……」
うっとりとした目つきで眼前の品々を見つめるミレナ。これでお金の問題も解決すると思うと、僕の心中も晴れ晴れとなった。
耳をつんざくような雄叫びと、人間のものらしき悲鳴が通路の向こう側から聞こえてきたのは、まさにその時だった。
僕とミレナは顔を見合わせる。彼女の表情には真剣さが滲み出ていた。
「今のって」
「きっと、アタシ達以外にここを探索していた奴よ!」
言葉を発し終えた直後、彼女はダッシュして通路を駆けていく。すぐに僕はその後を追った。僕と彼女では走る速度が段違いだが、ここではぐれてしまうのも危険だと判断したのか、彼女は息を切らした僕に合わせて段々とスピードを落としていく。屍の山の横を抜け、ただ一目散に走り、長い長い一本道を抜けて叫び声の聞こえている方へと向かう。
そして、僕らは再びアイツと遭遇した。
アイスベアーがいたのはとある中部屋の奥だった。ミレナを先頭にして、僕らは身構える。気がつくと、既に悲鳴は聞こえなくなっていた。相手の体にも血痕は一切付着していない。
「追いかけ回された人、無事に逃げられたみたいだね」
「そうね……」
敵から視線を離さずに彼女は答える。
「これからどうするの?」
「取りあえず、アタシ達も逃げるわよ。適当な所で撒いて、安全を確認してからあの部屋に戻るの」
宝物庫までの道のりは一本道だから、追いかけられればいつか退路が無くなってしまう。彼女の言葉はそれを考えての事だろう。
しかし、そんな作戦はアイスベアーが高らかに吠えた次の瞬間、あっけなく崩れてしまった。
「え……」
「嘘……」
僕らは同時に言葉を失う。
――部屋の中にあった全ての出入り口に、分厚い氷の壁が張られてしまったのだ。